電車で高齢者の夫婦に席を譲ったところ、合わせて譲ることになった同伴の先輩から後で文句を言われた。そんな理不尽な状況において、どのように対するべきなのか。「大人研究」のパイオニアとして知られるコラムニストの石原壮一郎氏が〝オトナの対応〟を提言した。
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【今回のピンチ】
先輩と混んだ電車に乗っていたら、目の前に老夫婦が。とっさに席を譲ったら、先輩も立ち上がった。ところが、降りた後で「譲らなくていいのに」と文句をブチブチと……。
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世の中には「なんでそこまで」と思うほど、電車で席を譲ることを頑なに嫌がり、激しく損だと思う人がいます。相手がお年寄りでもヘルプマークを付けていても、まったく関係ありません。そういう人はたいてい、寝たふりやスマホに熱中しているフリが得意です。
得意先に向かうために乗った電車。運よく並んで座れましたが、途中の駅で老夫婦が乗ってきました。立っているのがつらそうな気配です。座っていたのは優先席ではありませんが、とっさに立ち上がって席を譲りました。
隣にいた先輩も、一瞬戸惑った様子を見せつつも、立ち上がって席を譲りました。感謝されてよかったと思っていたら、先輩はそうは思っていなかったようです。
電車を降りたあと、先輩が怒った口調で「せっかく座れたのに、なんで譲るんだよ。バカじゃないの」「あいつらシルバーパスとかだろ。こっちは正規料金を払ってるんだぜ」などとブチブチ文句を言い続けています。自分は元気いっぱいでスタスタ歩いているくせに。
「こいつ最低だな」と思いましたが、素直に「最低ですね」と言ったら、今後間違いなく意地悪な仕打ちをしてくるでしょう。会社生活と心の平和をいかに保つかが悩ましい大ピンチ。どう切り抜ければいいのか。
ここで「すみませんでした」と謝るのは、無難そうですが、かなりの悪手。最低なヤツの最低な主張に屈して謝ったら、根深い怒りと激しい自己嫌悪に包まれます。「はあ、そうでしょうか」と生返事を返しても、先輩の不愉快な文句はたぶん終わりません。
素直にムッとした顔をすると、気まずい空気になって面倒です。あくまで明るくほがらかな口調で、まずは「いやあ、反射的に立っちゃいました。ハハハ」と笑って、ダークなオーラをまとった文句をけ散らしましょう。
さらに、そこでいったん相手を黙らせてから、「あの状況で座り続けるほうが、むしろつらくないですか?」と尋ねます。きっと「そんなことねーよ」といった反応があるはず。そうしたら「さすが先輩、メンタルが強いですね」とおだてます。
わかりやすい皮肉ですが、その先輩の場合は、もしかしたら額面通りに受け取って得意気な顔をするかもしれません。それはそれでありがたい反応。心の中でさらに深くバカにして、溜飲を下げることができます。
もちろん、ブチブチ文句を言ってきた時点で、その先輩に見切りを付けるのは当然の判断。これからは表面上はさておき、それ相応の距離感を保ちつつ接しましょう。自分は元気なのに席を譲るのは嫌だ損だと思うようなタイプは、どう間違っても出世しないし、どう転んでも友だちに恵まれません。
電車の中で老人や松葉杖のケガ人が立っているのに、近くに座っている人が全員そろってスマホを凝視し続けるという光景は、しばしば目にします。今後は、そういう人たちはそういう目で見て差し上げましょう。