「戦争めし」魚乃目三太デビュー15周年 飛躍の転機はギャグ漫画のエピソード

山本 鋼平 山本 鋼平
画集『魚乃目三太のマンガめし画帖』より
画集『魚乃目三太のマンガめし画帖』より

 「戦争めし」、「宮沢賢治の食卓」などで注目を集める漫画家、魚乃目三太(47)が今年、デビュー15周年を迎えた。〝食べることは、生きること〟をテーマに、家族、戦争、駅弁、酒場、宇宙など、多彩な味付けの作品を描き続けている。それは、自身のギャグ漫画で描いた一つのエピソードがきっかけだという。

 2011年に表紙、オムニバス作品発表で参加した漫画誌「思い出食堂」(少年画報社)から、食マンガを軸に据え飛躍を遂げた。「僕のマンガのある話を覚えてくれていた編集者が、食マンガを描きませんか、と声を掛けてくれました」。この連絡が、売れない漫画家だった魚乃目の運命を変えた。

 そのエピソードは2007年、お笑い芸人の麒麟・田村裕のベストセラーを漫画化した「コミックホームレス中学生」とともに、本格的なデビュー作品となったショートギャグ漫画「島之内ファミリー」にある。同作は貧しくともたくましく生きる母と兄妹の仲良し三人家族が描かれ、漫画誌「ヤングキング」(少年画報社)に連載された。空っぽの鍋料理がテーマに据えられた話だった。

 〝きのうの晩ご飯〟を題材にした図工の授業、妹は鍋の中身が真っ白で空っぽな絵を描き、級友にバカにされいじめられる。心配になった担任教師が家庭を訪問する。母は教師が「子どもにちゃんとご飯を食べさせているのか」とも心配していることに気付き、「一緒にきのうの鍋を食べませんか」と夕飯をごちそうする。それは白菜、大根が入った湯豆腐。妹の絵を注意して見直すと、画用紙と同色、白いクレヨンで食材が描かれていた。

 この話がきっかけとなり、「思い出食堂」によって切り開かれたプロの漫画家人生。それは30歳の手前、建築会社勤務の現場監督からの転身から始まった。

 魚乃目は小学生時からマンガを描き始め、漫画家への憧れを抱いた。高校時代に有名少年誌に作品を投稿し、最終選考まで残るも落選、創作活動から離れた。大学の土木科に進み、その後建築会社への就職が決まった。入社前の初春。「このまま現場監督でいいのか」と葛藤し、創作を再開した。その作品を高校時代とは別の大手出版社に投稿、担当編集者がつき、現場監督の勤務と並行してマンガを描き続けた。しかし、デビューには至らなかった。28歳の時、ギャグ、ストーリーもの、四コマ、さまざまなジャンルの完成原稿を手に上京し、各出版社に持ち込みを行った。少年画報社からその場で、2ページ分の四コマ掲載のスペースを与えられ、プロへの第一歩を踏み出した。

 「思い出食堂」以降は「戦争めし」、「ちらん〜特攻兵の幸福食堂〜」、「宮沢賢治の食卓」「なぎら健壱 バチ当たりの昼間酒」などの食マンガを次々に発表。「いつの間にか食マンガばかりになってしまいました」と自嘲気味に話す魚乃目だが、取材が丹念な作家としても知られている。撮影では食事のみに焦点を絞らず、建物の屋内の様子、外観、周囲の景色まで等しく関心を示す。「宮沢賢治の食卓」では岩手・花巻を訪れ、賢治の血縁者やゆかりの地を取材。「賢治が過ごした土地の空気感、晩年に過ごした自宅に掲げられた『下ノ畑ニ居リマス』で有名な畑は、川があふれたら流されるような場所にあるという発見は、作品にも生かされましたね」と語った。

 取材を重ねてきただけに「なぎら健壱 バチ当たりの昼間酒」の作品を通して、なじみの店となった主人がこの夏に急逝し、閉店となった際は言いようのない喪失感に襲われた。ネーム作りも難航する。「エンターテインメントなので、取材をそのままマンガにして読者に委ねることはできない。どこを削って、脚色するかは毎回悩みます」。食マンガの適性を見いだした編集者の存在も大きいが、その期待に応える地道な努力と、次々に新たな題材をものにする才能も、デビュー15周年の支えになった。

 自身のテーマの強みを「メシを中心に描こうとすると難しいのですが、人物と絡めると簡単になる。腰が曲がったおばあちゃんが家でフランス料理を作っていたらおかしいでしょ。軸があると、ストーリーが絞れて固まっていきます」と説明。「僕は絵が下手」というコンプレックスは、背景に登場する設定の情報量、何かしら目的を持ったキャラクターが群像劇のように描くことで、物語との相乗効果を持つ魅力に変えた。

 このほど発売された「魚乃目三太のマンガめし画帖」(玄光社)は160ページ全カラー印刷、どこか懐かしくて美味しそうな料理イラストを掲載。作品の歴史背景と共に紹介し、本人の心の原点を“食”に探る。記念の節目にふさわしい充実した内容になっている。

 今年から「別冊少年チャンピオン」(秋田書店)で連載を開始した「はらぺこ銀河(ギャラクシー)」では、遭難した宇宙船を舞台に、重力を発生させてカップラーメンにお湯を注ぐ場面、無重力空間でケーキをつくる様子が描かれる。SFだけでなく、単一の舞台で進む物語なため、多彩な情報や広がりを込めてきた作画でも新しい挑戦となった。「もともとSFが好きでした。専門書や論文を読み込むなど、今までになくネームは大変です。でも宇宙って面白い。これほどたくさんの作品を描かせてもらえて、うれしいです」と笑った。食べ物は「目で見ておいしそうよりも、口に入れておいしそうな絵が理想です」と語る。心を、胃袋さえも満たす作品を、これからも生み出していく。

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