登山、狩猟、動物など、山岳・自然分野の手記にルポ、ノンフィクションや小説が並ぶヤマケイ文庫(山と溪谷社)で11月、漫画「猟犬探偵 完全版」(作画:谷口ジロー、原作:稲見一良)が復刻された。専門的なタイトルが並ぶ同文庫では、異色ともいえる漫画作品。同文庫編集者の佐々木惣さん(56)は「山岳や自然を描く素晴らしい作品を次の世代に伝えていきたい」と狙いを語った。
山と溪谷社でアウトドア雑誌や実用書の編集に携わった佐々木さんは5年前、現部署に異動。今年7月に自身では初の漫画作品「K」(画:谷口ジロー、作:遠﨑史朗)を刊行した。
「『K』が好評で、谷口先生の作品をもっとヤマケイ文庫に収録したい、と考えたときに『猟犬探偵』が頭に浮かびました。個人的に稲見さんの小説のファンでしたので。『K』でご縁ができた谷口ジロー先生の事務所の協力を得て、出版することができました。誇り高き男からの贈り物、をテーマにした稲見先生の原作を、谷口先生が自然や動物の美しさを見事に描き切った漫画だと思います」
稲見一良(1931-94)が1993年に新潮社から刊行した小説をもとに、谷口ジロー(1947-2017)が2011年に「ビジネスジャンプ」(集英社)で連載した作品を復刻した。大阪の北端、能勢の広大な山林に居を構え、行方不明になった猟犬探しを生業とし、犬の相棒ジョーとともに慎ましい日々を送る主人公が、失踪した盲導犬探しとふたりの少女の光を守る姿、競走馬の調教所から失踪した老人と馬の逃避行を追う姿が描かれている。
ヤマケイ文庫は、山岳書籍の名著を後世に残す使命を掲げ、2010年11月にスタート。自社コンテンツにとどまらず、井上靖に新田次郎、佐瀬稔や山野井泰史など、古今東西の信念に沿った作品を収録してきた。佐々木さんは今年2月、ヒマラヤを舞台に登山の怖さと素晴らしさを描いた「K」の文庫化を思い立ち、谷口ジローの事務所に手紙を送った。「漫画出版のノウハウが全然分からないことを正直に記し、私の思いを伝えました。返事が届いた時は本当にうれしかったですね」。今回で佐々木さん2作目の担当漫画。社内の会議では「版権が大丈夫ならいいんじゃないか」と、漫画に対する拒否反応はなかったという。
もっとも、同文庫の漫画は14年4月「俺たちの頂」(塀内夏子)、17年10月「マタギ」(矢口高雄)、19年6月「おらが村」(矢口高雄)、20年6月「手塚治虫の山」(手塚治虫)、21年1月「シートン動物記」(白土三平)、21年2月「手塚治虫の動物」(手塚治虫)など数は決して多くはない。「もともと漫画を扱う出版社ではないので、あまり人々の目が届かないものを見つけて、読者に紹介したい気持ちが強い作品が選ばれてきました」と、例えば既に絶版しているような隠れた名作を発掘してきた。「マタギ」は現在13刷と抜群の売れ行きが続き、「K」が各方面で好評であることに手応えを感じている。佐々木さんは「山岳や自然を描く素晴らしい作品を次の世代に伝えていきたい」と、さらなるヤマケイ文庫の充実に視線を向けていた。