NHK大河ドラマ「べらぼう」第7回は「好機到来『籬の花』」。蔦屋重三郎(江戸時代後期の出版業者)が新しい「吉原細見」(吉原遊郭の総合情報誌)を作るため奮闘する様が描かれました。安永4年(1775)7月、重三郎は『籬乃花』という吉原細見を刊行します。重三郎はそれまで鱗形屋孫兵衛(江戸の地本問屋)が刊行する「吉原細見」の改め(編集)を担っていましたが、孫兵衛に「吉原細見」を刊行する余裕が無くなってしまったことから、重三郎に同書を刊行する機会が巡ってきたのでした。
重三郎は安永3年(1774)に最初の出版物『一目千本』(遊女評判記)を刊行していますが、彼がそうした書物を刊行できたのもある1人の人物の存在があったからだとされます。吉原俄(吉原の遊郭で行なわれた即興の寸劇)に際して刊行された出版物に『仁和歌絵草紙』がありますが、それは重三郎によって刊行が開始されました。そしてその刊行の「世話」をしたのが、駿河屋市右衛門だったというのです(『吉原春秋二度の景物』)。
駿河屋市右衛門は「べらぼう」では、俳優の高橋克実さんが演じています。今回のドラマでは両親に捨てられた幼い重三郎を育て上げたという設定になっていました。重三郎に暴力を振るうなど厳しく辛く当たることもありますが、心のどこかに重三郎のことを買っている、そうした役回りのように思います。
ちなみに市右衛門は、吉原の引手茶屋(吉原遊郭や岡場所で、客を遊女屋に案内する茶屋)を経営していた人物です。市右衛門は「吉原の有力者」「吉原のキーパーソンの1人」と評される人でもあり、俳句を嗜むなど文芸趣味もありました。ドラマの中の市右衛門のイメージでは文芸趣味があるようには見えないので意外に思う人もいるかもしれません。この市右衛門が重三郎の出版物(例えば『一目千本』『籬乃花』)の刊行に影響を与えていたとされます。
市右衛門をはじめとする吉原の有力者の合意や支援を得た上で、そうした書物を重三郎は刊行できたということです。吉原で生まれ育った重三郎が「吉原細見」を刊行することは、吉原の顔役にとってもうれしいことだったでしょうし、両者にとってメリットもあったと思われます。
◇主要参考・引用文献一覧 ・松木寛『蔦屋重三郎』(講談社、2002)・鈴木俊幸『蔦屋重三郎』(平凡社、2024)・櫻庭由紀子『蔦屋重三郎と粋な男たち!』(内外出版社、2024)