インボイス制度(適格請求書等保存方式)が10月にスタートした。声優の岡本麻弥さんは昨年8月、同業仲間で制度に反対する「VOICTION(ボイクション)」を立ち上げたことを契機に、さまざまな問題点を訴えてきた。いわれのない非難も浴びてきたが「私はこのために、声優を頑張ってきたのかもしれない」と前を向く。
岡本さんは高校在学中に出演が決まった「機動戦士Zガンダム」(1985年)エマ・シーン役で注目を集めた。以降も「メイプルタウン物語」パティ、「大草原の小さな天使 ブッシュベイビー」ジャッキー、「サイレントメビウス」彩弧由貴、「サクラ大戦」シリーズのソレッタ・織姫など、多くの人気キャラクターを演じてきた。演劇舞台への注力、米国への留学、米国在住なども経験し、現在は国内で活動する。
年間売り上げ1000万円以下で消費税の納付義務がなかった免税事業者。しかし免税事業者のままでインボイスを発行しない場合、取引先企業は消費税の仕入れ税額控除ができなくなるため、仕事を打ち切られる危ぐが生じる。インボイスを発行する課税事業者となった場合、年間売り上げ1000万円以下でも、消費税を納めなければならない。大半が年間売り上げ1000万円以下の個人事業主である声優にとって、いずれの選択肢も厳しい道が待っている。大規模アンケート、制度による悪影響の発信を続ける個人事業主・フリーランスによる「STOP!インボイス(インボイス制度を考えるフリーランスの会)」なども声を上げてきたが、インボイス制度は予定通り10月にスタートした。
「大手メディアは全然扱ってくれない」と憤りを感じていた岡本さんにとって、流れが変わったのが今年6月22日にアニメーターらとともに日本外国特派員協会で開いた記者会見だった。岡本さんが会見中に涙を流したことから「アニメの危機を訴える涙の会見」と多くのメディアに取り上げられた。漫画家のアシスタントのケースも示しながら、日本のサブカルチャーに及ぼす悪影響、若手の人材流出を嘆くだけでなく、農業や物流、建築業などフリーランスで働く人、ひいては日本全体の問題だと力説した。
しかし、海外での日本アニメの評価を語った際、岡本さんが感極まって涙を流した場面に注目が集まった。
「私が泣いたシーンばかりが取り上げられて『声優がアニメ業界を嘆いて泣いた』とくくられるのは違和感を覚えました。確かにキャッチーなのは分かるんですけど、他の業種についても話していますし、税理士の湖東京至先生が納税者権利憲章のことを訴えているのに、その点はなかったようになっているのもおかしいです」
会見が希望通りに報じられるケースは決して多くはない。それは理解していても、会見後に耳に入った「益税だ」などのお馴染みの批判的意見のほかに、「アニメ業界にも問題がある」「アニメや漫画は特別なのか」といった、趣旨から外れた指摘に心を痛めたという。「アニメや声優さえ良ければいいなんて思わない。なぜならインボイス制度は国全体にとって問題が大きい。農業や、高齢の職人さんもそうです。この国はフリーランスがどれだけ社会に貢献してきたのか、政府は分かっていない。免税事業者側の問題だけでなく課税企業側も経理が複雑になり、納税のために労力を費やすなんて、非生産的すぎる」と憤りを感じるだけに、報道とその反応には悲しさを覚えた。
9月14日には弁護士、税理士、司法書士の3青年団体が合同でインボイス制度の廃止を求め会見。前述の「インボイス制度を考えるフリーランスの会」は11月中旬に制度実施後のアンケートを実施し、「経理事務負担の増加」「手取りの減少」「廃業」など全体の約7割がマイナスの影響を受けている結果を公表した。岡本さん同様、1日も早いインボイス制度廃止を求める声は出続けている。
岡本さんは「懸念されていた悪影響はほぼその通りになっています。だから言ったでしょ、などと言うつもりはありません。この制度は非常に複雑でわかりにくく、業種によってどんな影響が出るか分からないところもあります」と語る。政府は時限的な緩和措置(2割特例など)で対応したとするが「政府は丁寧な説明などしていない。不安解消へ支援と言うが、切りつけておいて絆創膏を渡すようなもの。切りつけないでほしい」と語気を強めた。
今夏でボイクションを離れ、個人としてインボイス制度反対を訴える岡本さん。成果も感じている。「インボイス制度どころか、そのおおもとである消費税そのものが悪税であることが広まってきているように感じます。人に何かを伝えるのは本当に大変。もしかしたら私はこのために、声優を頑張ってきたのかもしれない、と思う時があります」。人の心を動かす点での共通点を口にした。
「日本では政治、宗教、野球の話はタブーと言われてきました。でも生活と政治はつながっています。アメリカで暮らしていた時、政治を話すことは普通でした。私は演技を教えることもしていますから、特に若者にもっと政治に関心を持ってもらえるような地盤を、私たち大人が築いていかなければ」。
物価上昇、廃業の増加、サブカルチャーの衰退など暗い問題が多いが、理解者は決して少なくないと考えている。