来年1月で歌手生活45年を迎える畑中葉子(63)が37年ぶりとなる新曲を19日にビクターから配信リリースする。タイトルは「夜雲影(やうんえい)」。なぜ今、新曲を出したのか?そこには「コロナ禍で苦しい思いをしている若い人たち」への思いが込められているという。畑中がよろずニュースの取材に対し、今回の新曲が生まれた経緯や現在の心境を語った。
1978年1月、作曲家・平尾昌晃さん(2017年死去、享年79)とのデュエットで大ヒットした「カナダからの手紙」で歌手デビュー。同年のNHK紅白歌合戦に平尾さんと共に出場し、79年にソロデビューした。80年から翌年にかけて日活ロマンポルノで4本の映画に主演し、2作目のタイトルにもなった「後から前から」(80年)がヒット。今回の新曲は85年の「夢人同志」以来となる。
85年(昭和60年)といえば、日航ジャンボ機墜落、豊田商事事件、女優・夏目雅子さん死去、阪神日本一など、今も記憶に残る出来事が相次いだ年で、バブル景気前夜だった。それ以来、平成を通り越して令和のコロナ禍に新曲を出すことになった背景にはどんな思いがあったのだろうか。
「2019年がソロ40周年で、アルバムCDを企画した中で新曲を考えたが実現しなかった。その後、『アイドルになりたい』という新曲を考えたが、コロナ禍で子どもたちが大学に行けないとか、親御さんがリストラになって生活もままならないという記事が目に付くようになり、若者の自殺者が以前より多くなっているということで、とても切なくなってしまった。死にたいと思っている人たちが『アイドルになりたい』なんて明るい曲を聴くかな?と。友人でゲーム音楽などを作られている中村隆之さんにも相談し、作詞作曲していただいた曲が『夜雲影』です。歌詞は私の気持ちもくんでいただいた。人それぞれの場所で幸せの価値観は違うんだよ、生きたいように生きればいい…と。そう言われても、今の世の中、思うようにはいきませんが、それでも、あえてストレートな歌詞にしました」
90年代は子育てで芸能界から離れ、2010年頃から復帰。14年に4枚組の「後から前からBOX」、16年は音楽家・ヤン冨田プロデュースの「GET BACK YOKO!!」とノイズバンド「非常階段」とコラボした「畑中階段」という斬新な音作りにこだわったセルフカバーのアルバムを連発し、18年には亡き恩師・平尾さんの作品も新録したカバーアルバム「ラブ・レター・フロム・ヨーコ」を出したが、いずれも新曲は含まれなかった。
「新曲で何を歌いたいのかとなると、自分が作りたいものがなかった。今回は、この曲を聴いて1人でも考え直して、踏みとどまってくれる人がいたらうれしいなと思うようになった。生きていて幸せなのかというと、なんとも言えないですけど、若い人たちはまだまだ経験していないことがたくさんあるから、その中で楽しいこともたくさん出て来るので、諦めないで生きていて欲しいなと。そういう人たちに届いて欲しいという気持ちです」
「夜雲影」は孤独な夜に聴いていると、じんわり心に染みてくるソウルミュージック風の曲調だ。CD発売はないが、配信のジャケットは畑中が「念願だった」という30代の画家・今井喬裕氏が担当。ドレスを着た畑中をモデルに描いた。また、親交のある金子修介監督の娘で、「日本映画界の新星」と期待される95年生まれの金子由里奈監督が同曲のイメージビデオを作成。若い世代と思いを共有した。
「私は16歳の時、父が45歳で亡くなって、すごく切ないと思ったことがあり、その後、芸能界でも、やるせなさ、つらさを感じて、行き場がなくなって死にたいと思ったこともあったけど、死ねなかった。毎晩、お酒でごまかしていた時期もあった。母は62歳で亡くなり、私は今年でその年を超えましたが、それでも今、健康でいられるのは、『生きろ』ということだから。5年前、平尾先生に続いて、『葉子ちゃんは葉子ちゃんでいいんだよ』と私を肯定してくれたエンケンさん(ミュージシャンの遠藤賢司さん、享年70)も亡くなって打ちのめされた。悲しいですけど、これから、私もそういう人にならなきゃいけないと。(新曲を出す)時期が…とか、言ってる間にやらなきゃダメなんですよね。(人は)死んじゃうから(笑)」
10月は、デビュー前の77年に「畑中葉子」として初めてステージ(東京・中野サンプラザホール)に立った思い出のある月だという。それから45年。人生の残り時間をかみしめながら、心に浮かんだ「やんなきゃ!」という切実な思いが、「10・19」の新曲となって結実した。