アントニオ猪木さんが構想していた「アマゾン奥地での格闘技中継」〝サシ取材〟で体感した「先見の明」

北村 泰介 北村 泰介
2003年12月、大みそかの「イノキボンバイエ」開催地の神戸に入り、ファンと交流するアントニオ猪木さん=神戸市の長田神社
2003年12月、大みそかの「イノキボンバイエ」開催地の神戸に入り、ファンと交流するアントニオ猪木さん=神戸市の長田神社

 〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)が亡くなった。プロレスラーとしの実績は既に語り尽くされているので、記者として個別の対面取材で聞いた猪木さん流の「壮大な構想」を記す。

 猪木さんに仕事として接するようになったのは、一般紙の記者からスポーツ紙のプロレス担当記者に転じた2002年春からだった。自宅のある米国から帰国(来日?)するたびに、成田空港で各紙の記者と共に囲み取材をするというスタイルが定着していたのだが、翌年、密室において〝サシ〟で話を聞くという福岡市での1日があり、そこで熱弁をふるわれたことが記憶に残っている。

 2003年の大みそか、おそらく、テレビの歴史において最初で最後ではないかと思うのだが、地上波3局がゴールテンタイムで中継した「三つ巴の格闘技興行」があった。K-1「Dynamite!!」(TBS系)、 PRIDE「男祭り」(フジテレビ系)に対し、猪木さんプロデュースの「イノキ・ボンバイエ2003 ~馬鹿になれ夢を持て!~」(日本テレビ系)が神戸で開催された。いわゆる「猪木祭」だ。そのPR行脚で全国を駆け回った猪木さんに対し、同年の12月初め、記者は福岡に帯同した。

 現地で最初に合流したレストランでも〝サシ飯〟だった。多忙なスタッフは席を離れており、ランチメニューのミックスフライ定食のようなものを黙々と食べている猪木さんの前で、記者は緊張で何を食べたか覚えていない。無言の猪木さんに対して、何か世間話でもと思えば思うほど言葉が出て来ず、30分近い沈黙の時間がとても長く感じた。

 その後は市内各所を回り、1日の終わりに、地元テレビ局の楽屋で1対1でインタビューするということになった。取材となるとこちらもスイッチが入る。猪木さんの弁舌も滑らかだ。大みそか興行に関する話は10分ほどで終了したが、スタッフは不在で、個室には猪木さんと2人きり。終わりを告げられるまで「時間無制限一本勝負」状態となり、それでは…ということで、プロレス以外の話を振った。

 猪木さんといえば、マテ茶、ひまわりのタネ(アントンナッツ)、スペアリブ、今では当たり前に日本人が使っているタバスコを輸入した人物。また、北朝鮮での興行を経て、国会議員として取り組んだ日朝外交、湾岸戦争時のイラクでの人質解放交渉など、常人にはない行動力と発想力を踏まえて、リングを超えた「ネタ」として、開発に情熱を傾けていた「永久電機」について聞いた。

 前年、猪木さんは都内で会見を開き、磁力によって半永久的にエネルギーを生み出すという装置「イノキ・ナチュラル・パワーVI」をお披露目したのだが、スイッチを入れても作動しなかった。原因は「金具のトラブル」とのことだった。その雪辱を期しているであろう猪木さんに次なる展開を聞いたのだが、「それはまだ研究を続けているので…」という報告で終了。そこで、「今、一番、実現したいことは?」と問うと、「アマゾンの原住民も視聴できる衛星放送での格闘技中継」について壮大な構想が延々と語られることになった。

 ブラジル移民として現地を知る猪木さんだからこそ語られるアマゾン奥地の話。いかに文明から遮断された土地であるかの描写と共に、そうした環境でも格闘技の試合が視聴できる時代の到来を望む情熱が熱く伝わった。〝文明〟から隔絶した地への思いは、北朝鮮(師・力道山の祖国という事も含め)やイラク、あるいは、アクラム・ペールワンとの死闘を繰り広げたパキスタン、幻に終わったアミン大統領との決戦の地ウガンダなどへとつながっていたのか…。そこに猪木さん流のロマンがあったのか…。後になって、そんなこともふと思った。

 スタッフからのお声がけで対面取材は終了。時計を見ると、45分ほど経過していた。結局、こうした内容が紙面の記事になることはなかったが、ブラウン管の「金曜夜8時」に躍動したカリスマの貴重な時間を今、数十センチほど目の前にいる自分が〝独占〟しているという、そんな個人的でミーハーな感慨にも浸っていた。

 そして、20年近くたった今、格闘技に限らず、さまざまなコンテンツの世界的なライブ配信は既に実現している。そこに、猪木さんの「先見の明」があった。

 レストランの席やテレビ局の楽屋…と記者以外に人のいない場では物静かだった猪木さんも、公の場では舌好調。「あらゆる可能性を追求して騒ぎを起こす。そして神戸、おしゃれ神戸!」と宣言し、キャンペーンガールに「しゃれこうべ?」と聞き返される一幕も。そんな熱量や笑いもない交ぜになった猪木さん流の「非常識」に接した、あの1日が忘れられない。

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