世界に通用するには社会問題が重要 米アカデミー賞から浮かび上がる日本映画が抱える問題

伊藤 さとり 伊藤 さとり
「ANORA アノーラ」のワンシーン=©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures
「ANORA アノーラ」のワンシーン=©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

 2025年の米アカデミー賞は、社会全体が抱えている問題を描いた作品群が各部門を受賞した。作品賞、監督賞、主演女優賞、編集賞、脚本賞を受賞した「アノーラ」は、ストリップダンサーという職業的マイノリティへの偏見と格差社会を描いており、インディーズ映画での受賞から日本の映画製作陣も注目している。本作はショーン・ベイカーのオリジナル脚本であり、キャスティングに至ってもショーン・ベイカーをはじめとするプロデューサー陣で、名声に拘らず魅力的な俳優探しを心掛け、脇役を演じる俳優にも目を向けるなど、日頃から意識して作品を観ていると来日時は語っていた。

 確かに主演女優賞に輝いたマイキー・マディソンは、クエンティン・タランティーノ監督作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(2019年)でマンソン・ファミリーの一人として登場する脇役レベルだった。だが、ショーン・ベイカーはその時から目をつけており、その後、「スクリーム」(2022年:日本未公開)に出演し、彼女に本作のヒロインで白羽の矢を立てたそうだ。考えてみれば過激なストリップダンス・シーンもあるので、名のある女優をキャスティングするのは難しい作品。ただし、ショーン・ベイカーは一貫して、自身のオリジナル脚本でスタッフと一体感を持ち、自由に撮影できるインディーズで挑戦し続けている監督だ。製作費はハリウッド映画では格安の600万ドル(日本円で約9億円)。それでも世界で公開されるほど人の心を掴み、最後にはアメリカンドリームであるオスカーに輝いたのだ。

  振り返ってみると、今年の米アカデミー賞で多数ノミネートとなり、助演女優賞と主題歌賞を受賞した「エミリア・ペレス」(3月28日公開)は、麻薬王が性別適合手術により女性になったことで知る、ジェンダーにおける偏見や女性軽視を描いており、主演男優賞、作曲賞、撮影賞を受賞した「ブルータリスト」もホロコーストを生き延びて移民となったことで、自身の尊厳を奪われてしまう芸術家の物語だ。しかも脚色賞を受賞した「教皇選挙」は、ヴァチカンの教皇選挙に立候補した枢機卿たちの過去が次々と暴かれるという罪の重さについて問う作品であり、様々な国の俳優が出演し、神に仕える者に差別や偏見は本当に存在しないのかを問題提起する内容だった。

  こう並べると、日本映画が抱える問題が浮き彫りになってくる。確かに日本はアメリカほど人種差別が目立つ国でもない。しかしながら若者による性風俗産業も問題になっており、戦争による唯一の被爆国だ。それでも大手メジャー映画界では、人気漫画原作の実写化やアニメ化が加速している。一番の問題となっているのは、一定のファンを持つ原作と人気俳優に頼ることでスポンサー獲得と興行収入をある程度担保出来る映画製作から、オリジナル脚本を選ばず、大衆が好まないと踏んだ重いテーマも避けるといった点だろう。ジェンダー格差も先進国では依然、最下位なのにその問題に触れない日本の映画製作。これを打破しないと、日本から世界に通用する作品はなかなか輩出できない。もっと社会にメスを入れるような脚本を書ける監督によるインディーズ映画での勝負と今後もなっていくのか、注目していきたい。

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