繰り返されるリング禍、三沢光晴さん命日を前に蝶野正洋が問うレフェリーや主催者の在り方

北村 泰介 北村 泰介
2002年5月2日、新日本の東京ドーム大会で激突した蝶野正洋(手前)と三沢光晴さん。当時の現場最高責任者・蝶野のオファーをノアの三沢社長が受諾し、ライバル団体の興行に花を添えた
2002年5月2日、新日本の東京ドーム大会で激突した蝶野正洋(手前)と三沢光晴さん。当時の現場最高責任者・蝶野のオファーをノアの三沢社長が受諾し、ライバル団体の興行に花を添えた

 「6月13日」は日本プロレス界を代表するレスラーだった三沢光晴さんの命日。2009年の同日、自身が率いたプロレス団体「ノア」の広島大会で起きたリング禍で帰らぬ人となって13年になる。時を経て、事故は繰り返された。今年4月、プロレス団体「ゼロワン」の屋台骨を支えてきた大谷晋二郎が試合中に頸髄損傷の重傷を負い、入院生活を続けている。三沢さんと同世代の盟友にして、大谷の事故をリングサイドで目の当たりにしたプロレスラー・蝶野正洋は、よろず~ニュースの取材に対し、救急救命の啓発活動を通して得た知見を元に、業界の課題とあるべき姿を語った。

 蝶野は三沢さん死去の翌年に消防庁で救急救命の講習を受け、心停止の際に使用する医療機器「AED(自動体外式除細動器)」の普及や啓発活動などを続けている。大谷が重傷を負ったゼロワンの両国国技館大会では、アンバサダーとして試合を見守っていた。

 蝶野は、団体の顔でもあった大谷の背後に、三沢さん、そして、05年7月に脳幹出血のため急死した橋本真也さんの姿を見た。橋本さんは、蝶野にとって新日本プロレス時代に闘魂三銃士として共に活躍した同期で、ゼロワンの創始者として大谷との縁も深い。直接の死因はリング禍でないものの、体調面で不安を抱えていたことが指摘されている。

 「大谷選手も三沢社長や橋本選手の時と一緒で、リング外のこと、経営的なことに時間を取られ、自分自身のコンディションが維持しづらくなっていたのかもしれない。そこのところの負担が蓄積されていたのではないか。キャリアを積めば積むほど、何を削るかというと、治療を削ってしまうんですね。大谷選手のケースもそうだったと考えられる。実際、後から聞いた情報で、大谷選手は首のケガで状態が良くなかったということだったので、そこをちゃんとケアできていなかったのかもしれない」(蝶野)

 団体のトップレスラーはリング外での営業的な部分にも時間を割かれ、休養や治療、体のケアにかける時間が少なくなる傾向にある。故障を抱えていたり、疲労が蓄積されていても、メインイベンターとして簡単には休めない。橋本さんは40歳、三沢さんは46歳で亡くなった。大谷は49歳で重傷を負い、7月で50歳になる。いずれも重責を担う働き盛りの年代だった。

 蝶野は、こうしたエース級の存在に対しても「事前のレフェリーストップ」をかける勇気と大切さを説いた。同時に、レフェリーにそのような権限が与えられていない現状を憂慮した。

 「最低、レフェリーと対戦相手は相手の情報を知っておくべきだと思いますね。(試合前に)対戦相手が『大丈夫だ』と言っていても、もし何かあった時に、実はその相手が健全な状態ではなかったということが分かれば、やる方としても嫌ですし。だから、リングに上がる者同士はある程度、情報を共有し、その中で競い合うという形がいいんじゃないか。レフェリーも選手の状態を把握して、調子が悪かったら状況を本人に確認する。レフェリーは『指揮者』であるべきなんです。ところが、今はどこの団体もレフェリーの権限が薄くなっている。選手たちの試合の中にレフェリーが付いて行っている。そうではなくて、レフェリーが指揮を執らないといけない。プロレス業界はどうしても興行中心(という考え方)になっていく。お客さんに対して今も『見せなきゃ』という意識の方が強くなってきているので、そこはもう、選手にゆだねるのではなくて、レフェリーがしっかり指揮していくべきだと思うんですよ」(蝶野)

 その上で、蝶野は「レフェリーだけじゃないです。それ以前に、プロモーターというか、主催する会社がしっかり対応しないといけない」と強調した。

 「リングを作るプロモーター、リングに上がる両選手とレフェリー。この4者がしっかりと責任を持たなきゃダメです。『試合を用意したから、あとは勝手にやってもらって、けが人が出たら、どこかが面倒を見る』…ということになっているのではないか。戦う両選手とレフェリーと、その場を設定したプロモーターの4者が最低限、しっかりやらなきゃいけないということが、私の言いたいところですね。時代によって、団体によってそれが薄くなっていった部分はあります。大谷選手の件は、悪い条件が重なり、そのひずみの中に入ってしまった」(蝶野)

 レフェリーと選手が事前にコンディションの情報を共有し、主催者が事故の責任を負う立場であることを明確にすることで、興行優先に走ることなく体調管理を徹底する。団体の枠を超え、蝶野は選手たちの未来のために、根本的な改革を訴えた。

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