サブカルによる歴史学への影響「ナチスの〝無防備な需要〟」大学准教授が危ぐ

松田 和城 松田 和城
写真はイメージ(kasto/stock.adobe.com)
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 サブカルチャーの題材で扱われる歴史上の出来事や人物。大学ではゲームやアニメをきっかけに研究テーマを決める生徒も見受けられるという。駒澤大学文学部歴史学科で西洋中世史を専門にする高田良太准教授(44)は、その影響について「ちょっと怖さもある」と語る。サブカルに起因する〝懸念〟について話を聞いた。 

 サブカルではナチスイメージが好意的に受け止められている事例がある。例えば人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』第2部ではナチス軍人のシュトロハイムが登場し、今もファンが多い人気キャラクターとなっている。「ナチスイメージの氾濫は日本のサブカルの中で大きな問題なんです。芸能界でも衣装やポーズで物議を醸した出来事がありましたよね」。高田准教授は危機感を抱く。

 同大学における、近現代史ゼミの約半数はドイツ史が占め、さらにその半分の学生がナチス研究をテーマに掲げるという。その人気の高さを「おそらくそういうものの原点に、サブカルにおけるナチスイメージの“無防備な需要”といいますか、これはドイツでは絶対にあり得ない話で、日本だからこそできるものではないか。おそらく最初は70年代のアニメで〝悪役の象徴〟としてナチスイメージのようなものが出てくると思うんですけど、当然子供が見てて、悪役の方に感情移入しちゃう子も出てくるんですよね。そもそも取り上げること自体にかなり慎重にならないといけないんですけど、現状そうはなっていないので、悪役であってもファンがついちゃうわけです。そういうところから歴史学に入るとなかなか大変だなと思います」と眉をひそめた。

 日本では20世紀は歴史学より社会学的な側面が強くなるという。歴史としてではなく、現代と地続きのものと扱うためで「題材がかなり過去のことで今や未来に直接的には関わらないことならいいのかなと思うのですけど、近現代史関係でサブカルとして取り上げるのはなかなか難しい。実際かなり社会的影響力も大きいので、作り手がそういうことに十分配慮していない可能性があるのは懸念点ですね」と話した。

 時折、考え込みながらゆっくりとした口調で続けた高田准教授。「歴史を否定するという話ではないけれども、ナチスの負の側面を綺麗っぽく見せちゃうことは、問題かなと思いますね。彼らがやった犯罪を覆い隠すようなサブカルのあり方をどうするかっていうのを、社会全体で考えていかなくてはと思っているんですけど、なかなかそこまで世論が喚起できないってところではありますね。過去の歴史上の負の部分を塗り替えようとする意識的なもの、無意識的なものを、社会全体で考えていかないといけないのかなと思います」と持論を語った。

 一方、サブカルが与える歴史学への好影響も確実にあるという。池田理代子さんによる『ベルサイユのばら』がフランス史への関心を呼び起こしたように、サブカルが歴史を学ぶきっかけになった学生は多い。そして今、そのきっかけであるゲームやアニメに、大きな〝流行の変化〟が起こっていると指摘する。

 「数年前からはゲーム『FGO(Fate Grand/Order)』の影響があります。アーサー王をやりたい、アウグストゥスやネロが好きだとか、どうしてその人物が好きなんだ、と尋ねるとその辺に行き着きますよね。それ以前は円卓の騎士(アーサー王に仕えたとされる騎士)の“ランスロット”“ガヴェイン”を口にする学生はいなったんですよね。そういう意味でも外国史はなかなか接点がないので影響は大きいのではないか」

 実際の歴史学研究と、想像していたものとの違いに戸惑う学生もいる。「ゲームやアニメの作品では、美形に描かれた歴史上の人物が考えたり悩んだりします。それを見てゲームを楽しむ学生は感情移入すると思うんですけど、実際にはそういう研究をしないんです。歴史学というのは人物像を掘り下げるというよりは、今に至る社会がどうだったのかとか、その人が生きていた周りの社会をテーマにするんです」と語った。

 

 ローマ帝国の皇帝で「暴君」として知られるネロを研究したい、と希望した学生が印象に残っているという。「ゲームのイメージと実際に行ったこととのギャップの大きさに、ドン引きしてやめちゃった生徒がいました。キリスト教徒の大虐殺を行っていますからね…。キャラとして好きになって、何を行ったのかを知らないまま調べ始めると大変だなと思ったことがありますね」と明かした。

 現在、学問全体で「やがて歴史に興味を持つ人がいなくなるのでは」と不安視する声は多い。そんな状況で、サブカルチャーが歴史学の入口になっていることは歓迎すべき事実である。高田准教授は懸念を抱きながらも「こういったサブカルチャーの中で一定程度、歴史的なものに興味の火を灯し続けてくれるのはありがたいです。希望的な思いはあります。歴史学も生き延びねばという気持ちがありますので」と、言葉に力を込めた。

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