TBS系ドラマ「3年B組金八先生」第2シリーズ(1980―81年放送)で不良生徒・加藤優(まさる)を演じ、その後も建設会社に勤務しながら俳優や音楽活動を続ける直江喜一が自作の新曲「幾年月までも」を31日に配信リリースする。かつての勤務地である〝第2の故郷〟石川県が能登半島地震で被災。現地ゆかりの曲もある直江がよろず~ニュースの取材に対して思いを吐露した。
「松井建設」東京支店の営業第二部長を務めている直江は51歳から3年間、金沢市に赴任。その間、能登の見附島に魅せられ、「見附島のえんむすびーちで」と「前だけを見て歩く男でありたい」という2曲を2016年にCDリリースした。「石川に行ってなければできなかった」。シンガー・ソングライターとしての作品だけでなく、実人生に大きな影響を及ぼした土地には「移住を考えている」ほど思い入れが強い。
今回の地震を受け、直江は「『つらい!』の一言です!友だちもいますし、今も行方不明の方もおられるし、親族、友人にしてみれば、いたたまれないと思います。亡くなられた方の御冥福お祈りすると共に、避難をされている方には心からお見舞い申し上げます」と言葉を絞り出した。
「失われた輪島の朝市、舗道が割れた(金沢と能登半島を結ぶ自動車専用道路)里山海道、珠洲市の見附島は(軍艦にも似たその形が)崩れました…。いずれも実際に行った場所で、見附島の『えんむすびーち』にある、恋路海岸の『恋人の鐘』のモニュメントで妻にプロポーズしました。そのことも歌った私の曲『見附島のえんむすびーちで』に出てくる場所は全部、輪島と珠洲です。能登半島の観光名所をドライブしながらの歌詞に出てくる場所がすべて被災してしまった。言葉を掛けられないくらいにショックです。思い出の地が焼け、崩れ…。朝市もしょっちゅう行っていました。あの姿が焼け野原になって…」
今回、8年ぶりとなる新曲「幾年月までも」は地震発生前、昨年の時点で完成していた。妻との日常生活を描き、感謝を伝える歌詞になっている。
「熟年夫婦に捧げる歌みたいな曲を作りたいなと思いました。『見附島のえんむすびーちで』はバツイチカップルのプロポーズをモチーフにして作りましたので、今度は、何十年か連れ添って、子育ても終わり、子どもも巣立ち、孫もできて、また新婚時代のように2人になった、壮年、老年の夫婦の歌を作りたいなあと。曲を聴いてくれたご夫婦に『あ!まるで我が家だ!』と思える歌詞にしています。50代、60代にはグッとくるかと。熟年夫婦の改めて二人になった時の、旦那からの再プロポーズですかね。僕らの年代はフォークソング全盛の時代の中で育っていますので、聴き心地のいいフォークソング調にあえてしました。壮年、老年の男性が、普段、妻に言えない言葉をカラオケで歌えるように」
新曲が配信で世に出る時代。「CDやレコードで育った世代に配信サービスを広めるのにハードルは高いかと思いますが、(可能であれば)サブスクでもお聴きください。先日、講演で少し歌ってみましたら、女性で涙を流していた方がいらっしゃいました。その方に聞いてみたら『こんな言葉、今、夫に言われたら泣いちゃいますよ』って。うれしい感想でした!」と地道な普及活動にも手応えをつかむ。
1月8日の誕生日で61歳になった。「早かった!何やってたんだろうってくらいです。会社での役職も現役のままなので、仕事は変わらず、生活が変わったことはないんですが、なんとなく身体から信号が出ていて、『60だぞ!無理するな!』と天から聞こえてくるような…」。コミュニティFMの番組「直江喜一・今井宏美のハッピーミニッツ!」をFM京都丹波、八王子FM、たかはぎFM、DARAZ FMで放送中。「構成台本から作っています。ネタ作り結構大変ですね。アプリを入れれば日本国中どこでも聴けますので、ぜひ!普段言葉の直江のラジオ!お聴き下さい」とラジオ・パーソナリティーとしての活動にも意欲的だ。
「定年を迎えてからも、俳優業はお声がかかれば、ほとんど拒む事なくやれていますね。フルマラソン出場、作詞作曲をした曲でのライブやCD作成、自分の曲をカラオケに入れる…。やりたいと思っていた事は50代でやっちゃいましたかね。ライブも(都内のライブハウス)銀座タクトで節目の10回をやって、(自身がボーカルを務めた)バンドの『オレンジブレイカーズ』も去年いったん解散しました。これからは形を変えて少人数でこじんまりやろうかなと」
今年は6月26-30日に、所属劇団「JAPLIN」での主演舞台を東京・新宿シアタートップスで予定。「(同劇団で主役を張った演目)『でんすけ』に続く主役、頑張ります。成功させたいですね」と意気込む。そして、被災地の能登に向けて「復興には私も協力していくつもりです」と思いを強くした。