自己責任ではない社会問題 17歳の母、沖縄から見える貧困、DV、育児、女性蔑視 映画『遠いところ』のリアル

伊藤 さとり 伊藤 さとり
「遠いところ」のワンシーン=©2022 「遠いところ」フィルムパートナーズ
「遠いところ」のワンシーン=©2022 「遠いところ」フィルムパートナーズ

 日本における一人当たりの県民所得の最下位となる沖縄は、子どもの貧困率も相対的に1位であり、若年層の出産率も全国1位となる。そんな状況に目を向け、4年に渡り沖縄で取材を行い、児童相談所職員からの実話も織り交ぜて脚本を書き上げた工藤将亮監督の完全オリジナル作品が映画『遠いところ』(7月7日全国公開、沖縄で先行公開中)だ。しかしながらこれは沖縄だけの問題ではなく、若い親の生活苦や貧困層の育児困難による児童相談所の介入は全国的にもあるのが現実だ。 

  主人公のアオイは沖縄県・コザで夫とまだ言葉も喋れない幼い息子と暮らす17歳。高校へは行っておらず、祖母に息子を預け、朝までキャバクラで働いている。ある日、夫が仕事を辞めてしまい、アオイもキャバクラにガサ入れがあったことで仕事が出来なくなってしまう。それだけでなく夫はアオイに暴力を振るうようになり、アオイが貯めてきた生活費を持って家を出て行ったのだ。追い詰められたアオイは幼い息子と生きる為に、ある選択をせざるを得なくなってしまう…。

  主人公のアオイを演じるのは大ヒット映画『すずめの戸締まり』で主人公を旅先で助ける同い年の千果の声を担当した花瀬琴音。彼女にとってはオーディションで勝ち取った本作が、映画デビュー作で初主演作となる。しかも東京出身の彼女は、本作の為に1ヶ月前から撮影に使用するアオイの部屋に滞在し、方言を習得する為に公開ラジオを聴いたり、地元の人と話しながら他のキャスト達と役を深めていったそう。その演技はコザしか知らず、貧困の為、勉強をするチャンスも与えられず、市役所や無料相談窓口に助けを求める方法も知らない、無知すぎる女の子そのものだった。しかも、小さな息子と自分が生きていく為だけに、悩み苦しみ自分なりに決断する姿が表情だけで読み取れる名演を披露していた。 

  本作では、目を覆いたくなるシーンが必然的に描かれている。それは直接的な暴力だったり、ベッドシーンだったりするわけだが、大体がアオイの表情のアップから数秒の全体のショットで場面が変わる。そのお陰もあり、映画が表現したいことはあくまでもアオイの感情であって、他は行動にすぎないと主人公の視点がブレずに観客に伝わるのだ。これにより第23回東京フィルメックス[コンペティション部門 観客賞受賞、他にも日本映画としては10年ぶりとなる第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭コンペティション部門に出品するなど、海外の多数の映画賞で賞賛されている。 

  劇中、何度も言われる「女は体を売れば金になるからいい」という言葉。これは差別用語であり、女性軽視に繋がっているが、本作ではキャバクラ勤めの若いシングルマザーが度々、登場する。そこで疑問に思うのが、男女が生殖行動をした結果の妊娠なのに、女性が子どもを育てるべきなのか?という問題。これらの価値観こそ教育で変えられるものだ。

 しかし日本は性教育も男女の社会格差も埋まらず、先進国から大幅に遅れをとっている。だから本作を「自己責任」と片付けてしまう感覚こそが危険であることに気づいて欲しいし、彼女彼らが無知であることも政府が貧困層に直接的に手を差し伸べる活動をしていないからなのだが、その政府を選挙で選んでいるのも私達であり、子は親を選べないのも現実なのだ。そう思えばラストショットへの見方も変わるだろう。この問題は私達全員の責任かもしれないということを。 

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