「野良犬」と呼ばれた伝説のキックボクサーが落語家&俳優に転身 三刀流で「人生、死ぬまでの暇つぶし」

北村 泰介 北村 泰介
興行師・康芳夫氏の半生を描いた舞台に出演する俳優・小林さとし。かつて「野良犬」と称された伝説のキックボクサーだった=都内
興行師・康芳夫氏の半生を描いた舞台に出演する俳優・小林さとし。かつて「野良犬」と称された伝説のキックボクサーだった=都内

 「野良犬」と呼ばれた伝説のキックボクサー・小林聡(50)は今、落語家の「小林家さとし」、俳優の「小林さとし」として、リングから舞台にも活動の場を広げている。キックボクシングでは自身のジムで後進を指導する「三刀流」だ。3日から上演される演劇の舞台に向け、稽古中の小林を直撃した。

 小林は1990年代から2000年代にかけて全日本キックボクシング連盟(09年に解散)を中心に活躍。外国人初のムエタイ王者・藤原敏男氏を師と仰いだ。キャリア前半でさまざまな団体を渡り歩いたことや、その戦いぶりと枠に捕らわれない生き様から「野良犬」と称された。WKAムエタイ世界ライト級王者など世界で2つ、日本で3つのタイトルを獲得。07年に引退した。通算成績は69戦46勝(34KO)21敗2分。負け数も多い。敗れてもなお、挫折からはい上がった。

 自身を描いたノンフィクション作品の映像化と出演を機に俳優の勉強をする中で落語に興味を持ち、知り合った格闘技通の落語家・林家彦いちに弟子入りを志願。09年、37歳にして外弟子になった。亭号は「林家」ではなく、本名にちなんで「小」を付けた「小林家」。高座にも上がった。

 「キックに代わるものとして、この道にかけてみようと、彦いち師匠の前座とかに出るようになったけど、1回、心が折れたんですよ。『ザ・落語』を見に来た客の前で前座話をしてもウケはしないし、せりふは飛ぶし。でも(出身地の)長野で一席やった時、地元だったこともあってウケたので、またやりたくなった。その時、ご一緒した(芸人)好田タクトさんから浅草の東洋館に出てみないかと誘われ、そこからリハビリ的に落語を続けた」

 だが、芸の道は一筋縄ではいかない。

 「お客さんは厳しかったですよ。俺が出て来ると寝たり、SNSで『何がやりたいんだ』と書かれたり。俺も『なんで、こんなことやってんだ』と思ったけど、出たら『やったれ』と思うし、それで奇跡的にウケたらうれしくて、やっぱ、辞められないですよ。ウケないと『俺、何やってんだよ』ってなるけど。その辺はキックの試合にも似てますね。それから、春風亭傳枝(でんし)さんというプロレス落語をやっている人が面白いなと思って連絡を取り、俺はキックボクシング落語ということで一緒にやったりしました」

 暗中模索からつかんだ命綱がキックボクシング落語。キックボクサーが登場する古典落語の改題だ。例えば、「粗忽(そこつ)長屋」は「粗忽ジム」、「あくび指南」は「フェイント指南」、八百長相撲がテーマの「花筏(はないかだ)」はムエタイ選手との八百長試合を描いた「パナイッカダー」に。小林は「現時点でネタは11席ある。『元犬』って、犬が人間になってキックボクシングを習いに行くという話とか(笑)。俺がプロに混じって落語やるのはおこがましいし、古典やってもしょうがないと思って編み出した」と振り返る。

 芸人・ウクレレえいじの映像作品や、映画監督・河崎実氏の作品にも出演。落語家としては、自身が主宰する「野良犬寄席」を継続開催し、「51歳での10回目は大きい会場で」と目標を掲げる。11月は劇団羊風舎旗揚げ公演「都市伝説・康芳夫~モハメド・アリに魅せられた国際暗黒プロデューサー」(3日~6日、東京・新宿シアターブラッツ)に出演。アントニオ猪木VSモハメド・アリ戦などを仕掛けた伝説の興行師・康芳夫氏の半生を描いた舞台だ。

 「康さんを知ったのは(梶原一騎原作の漫画)『四角いジャングル』。猪木対アリの場面で出て来るんですよ。あの試合は(76年当時4歳で)オンタイムでは見ていないし、(猪木側に不利とみられた)ルールのことも知らなかったから〝茶番〟だと思っていたけど、改めて見たら15ラウンド面白かった。当時は(観客や視聴者、メディア側に)総合格闘技を見る目がなかったから、〝凡戦〟とか言われたけど、今見るとすごいことをやっている。康さんには5年ほど前、俺が主宰するイベント『野良犬フェス』の第1回プロデューサーをやってもらった」

 小林が演じるのは、虎と戦う空手家の役。実際に康氏が企画し、77年の試合直前になって開催地ハイチの政府から中止命令が出て幻となった出来事をモチーフにしている。

 「康さんの名言を、俺は図らずも生きてるんですよ。『人生、死ぬまでの暇つぶし』って。だから、楽しめるものしかやりたくない。高座は一銭にならなくても面白い。キックの方では『野良犬道場』ってジムをやっていて、アマの選手でもいい試合したり、勝ったりしたら充実感があるし、練習を楽しみに来てくれる子どもたちのことを思うと辞められない。キックボクシング落語も、そういうことをやるヤツが現われる前にやってしまおうと。二番煎じは嫌なんです。人がやらないことを先にやる。『道なき道を歩む人』が好きですね。そういう意味では、康さんの生き様もそう。発想が先。人がやらないことをやる」

 自身との共通点を康氏に見い出し、50代も「最高の暇つぶし」を追い求める。

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