社会人アマチュア芸人とステージ仕掛け人 趣味としてのお笑いをゴルフ、ジョギングのように

山本 鋼平 山本 鋼平

 プロではない。部活でもサークルでもない。本業を持ちながら「趣味としてのお笑い」に取り組む、社会人のアマチュア芸人が静かに存在感を放ちつつある。夢だったプロをあきらめても情熱的な大手広告代理店社員の中嶋伶伊さん(30)、プロ志望者とは異なる価値観を抱くIT企業エンジニアの奥山喬史さん(29)による「下町モルモット」は今年、結成10年目を迎えた。

 7月16日に都内で開催された「全日本アマチュア芸人No.1決定戦」に、下町モルモットの姿があった。アマチュアの定義は芸人事務所・養成所に所属しないこと。298組のエントリーから決勝舞台の12組に選出されたが、ブロックラウンドで惜しくも敗退。広告代理店勤務の中嶋さんは「学生時代もきょうみたいに決勝には進むが、勝ちきることはできなかったですね」と悔しそうに語った。現在は月間1、2回、社会人としてステージに立つ。練習は週2回。平日はリモート、週末は対面で練習を重ねている。

 中嶋さんはお笑い活動を「お笑いと仕事、両方に生きています。ネタのキャラクターを使って仕事のプレゼンがうまくいきました。プレゼンが自信になって緊張せずネタができています」と相乗効果を説明。ITエンジニアの奥山さんは「大学院の時、研究が忙しくてバイトができず、本当にお金がなかった。性格的に毎日お金の計算をしていて、今月はこれだけで生きなきゃ、とかを考えていた時、僕は芸人の下積みを過ごすことは絶対に無理だと思いました。今は社会人として働いて、ある程度安定した気持ちでネタを書けるのは僕にとってはすごく合っています」と、趣味としてのお笑いに居心地の良さを感じている。

 コンビは上智大学の学生だった2013年、お笑いサークルSCSで結成。奥山さんは後輩のラランド・ニシダと仲が良かったといい、「プロになる気は全くなかった」と大学院に進学した。中嶋さんは「小さい頃からプロが夢でしたが、大学4年間で結果が伴わなかった。今では(学生芸人で少し先輩だった)真空ジェシカがM1、サツマカワRPGがR1の決勝に出ましたけど、僕たちが卒業したとき、まったく敵わなかった人たちが売れていませんでした。厳しい世界なので、社会人とお笑いの両立が理想かなと思いました」と就職を選んだ。

 2015年にM1が復活。初出場で1回戦を突破し、学生の枠外への活動に視線が向き始めた。奥山さんは「大学院では研究に集中して、お笑いはもういいかな、と思っていた2016年のM1からナイスアマチュア賞ができたんですよ。そこで学生時代の最後にやりきれなかったネタで、ナイスアマチュア賞をもらいました。それが面白くて、こういう形で続けるのもアリかなと思って、今に至ります」と振り返った。M1には昨年まで毎年出場、最高位は2回戦。同賞は2017年にも獲得している。

 ただし、大学卒業後はしばらく、社会人のアマチュアが立つステージは珍しかった。奥山さんは「ほぼなかったと言っていいくらい。M1だけ出ようという感じでした」と言えば、中嶋さんは「児島気奈さんのK―PRO主催ライブに出させていただくくらいでしたね」と話した。

 今回の「全日本アマチュア芸人No.1決定戦」を主催した、社会人お笑い協会の代表理事・奥山慶久さん(28)が状況を変えた。明治大学時代はお笑いサークル木曜会Zで活動。卒業後、大手企業の営業マンだった2017年5月、アマチュア社会人が立つステージがないことを憂慮し「社会人の趣味としてお笑いを広げたい」と、お笑いライブ「わらリーマン」を立ち上げた。「社会人漫才王」は19年12月に開催され、その準備中に受けた転勤辞令を機に退職。わらリーマンは都内の新宿バティオスを拠点に、毎月開催されるイベントに成長し、12月の「社会人漫才王」を一大イベントとするサイクルが整った。イベントの収益は乏しいが、無職の大食い系ユーチューバー活動などで生計を立てる奥山代表は「趣味がお笑い、をゴルフやジョギング、麻雀のようにメジャーにしたい。お笑いのスキルやメンタルは仕事にも必ず生きると思います。仕事のつらい、悲しいは、ここではおいしい、に変わる。ストレス発散にもなりますよ」と呼び掛けた。

 大小さまざまな社会人によるステージが生まれた現在。社会人と芸人の二刀流ライフを描く漫画「週末芸人」(久保田之都)は、講談社「good!アフタヌーン」での連載が1年を超えた。夏の一大イベント「全日本アマチュア芸人No.1決定戦」が開催2年目を迎えるなど、コロナ禍の影響を受けながらも環境は上向き。奥山代表は「新しい夢は企業対抗のお笑い大会ですね。eスポーツ、カードゲームのように企業が参加すると、一気に社会の認知が高まりますから」と思い描いた。

 活動10年目を迎えた下町モルモット。中嶋さんは「社会人お笑いの、いい面を持ち続けたい。そのうえで、憧れていた芸人さんたちに、どこかの部分で追いつきたい」と情熱的に語れば、奥山さんは「僕には日本中から認められたいような気持ちはなくて、会社の同期や友人に一目置かれるというか、すごいねと言われることがうれしい。そういう人たちに、これに優勝したんだ、テレビに出たんだよ、といったアピールができればいいですね」と冷静に話した。「仕事と草野球の相乗効果」「仕事と草野球の両立」と同じくらい、「仕事とお笑い」がテーマとして陳腐になる日も、そう遠くないのかもしれない。200人弱が集まった会場の雰囲気を体感し、そんなことを考えた。

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