手抜きなんてとんでもない!「マンガの相棒」トーンの魅力を伝える珍しい展示会

山本 鋼平 山本 鋼平
板垣巴留「BEASTARS」の原画
板垣巴留「BEASTARS」の原画

 まんがとサブカルチャーを専門とする明治大学米沢嘉博記念図書館(東京・御茶ノ水)では現在、「マンガの画材〈アイシースクリーン〉展―マンガ表現の相棒としての50年―」を開催している。同館の特別展示で画材をテーマにするのは、2009年のオープン以来初。デジタル作画が急速に広がる中、アナログ作画によるトーンとマンガ表現の相乗効果を紹介している。

 トーンとは多彩なドットや線、模様が記された半透明でシール状のシート。漫画家の原画、使用されたトーンを個別に額装、プロの技が際立つ箇所の拡大図を添えた展示に目が向く。中村明日美子、浅田弘幸とともに出品された板垣巴留の原画「BEASTERS」では、振り返るキャラクターのジーンズと尻尾、舞う花びらが重なる箇所を拡大。白と黒2色で印刷した立体的な花びらのトーンが、削りによってダメージが表現されたジーンズトーンに重なる。生々しいカッターナイフの痕跡、複数のトーンによる厚みが、作業の複雑さと絵の価値が高まった効果を実感させる

 昭和のマンガ入門書では「手抜きに見える」など消極的な評価が多かったトーン。同館展示担当のヤマダトモコさんは「本来は作業を楽にするための道具なのに、どの原画も作業が一層複雑になっています。より楽に作業できるよう新しいトーンが開発されると、プロはもっと複雑で見事な使い方をする。いたちごっこのようです」と語った。「トーンは作家の仕事を楽にする部分とともに、新しいアイデアの源にもなっている。展示会のタイトルに『相棒』という言葉を使った理由です」と、同展の狙いを説明した。

 製図や新聞のイラストなどに使われていたトーンは、グラフィックデザイナーの関三郎が1952年に初めて日本製を開発、販売した。マンガでの利用は50年代半ばに永田竹丸が使用したところ、漫画家仲間の評判を集め、広がったとされる。70年代までは高価で使い勝手も悪かったが、コミックマーケットの拡大などで利用者が増えるとともに、多くのブランドが登場し、90年代までには安価で高性能なトーンが充実していった。

 同展はトーンブランド「アイシースクリーン」を展開するG―Too社との共催。同ブランドが昨年50周年を迎えた際に集められた、漫画家からの原画、開発史、トーンの原画とポジフィルム、浅田弘幸の作業映像などを展示する。トーンの額装、酒井美羽から提供された数々のメーカーによるトーンなど新たな展示要素が同館によって加えられた。

 90年代にはレトラ、アイシー、デリーター、マクソン、ブライトシール、ラジカルスクリーン、Jトーンなどがしのぎを削ったが、現在は販売を終了したブランドも多い。G―Too社は2019年に販売が終了していたJトーンブランドを買い取り、復刻版を再発するなど意欲的だが、2010年代からはデジタル作画が急速に広がっている。講談社によると「週刊少年マガジン」で連載中の24作品で、全アナログ作画は4作品(「はじめの一歩」「東京卍リベンジャーズ」「黙示録の四騎士」「青のミブロ」)のみ。トーンの未来は暗いのだろうか。

 ヤマダさんは「デジタルの割合は増えていますが、トーンを使い続ける作家はいる。折り紙と一緒で、手作業の楽しさは残っていくと思います。ただ、今回の準備を通して、トーンの歴史に関する資料が非常に少ないことが分かりました。将来のためにトーンを記録していく必要があります」と、期待と懸念を口にした。同館2階はマンガ、資料の閲覧室。1階の展示で気になった漫画家の作品を読めることは、同館ならではの楽しみ方だ。会期は10月3日まで(開館は月・金・土・日・祝)。入場無料。展示原画のように、マンガの相棒という価値観が、鑑賞者にも重ねられていく。

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