「ヒトラー論議」受け戦時中の広告に注目 日本は同盟国をどう見ていたか?菓子や絵本にも、静岡で展示

北村 泰介 北村 泰介
ヒトラーユーゲントも登場する製菓会社のキャラメル広告。漫画形式で子どもに読んでもらおうという思いを感じる
ヒトラーユーゲントも登場する製菓会社のキャラメル広告。漫画形式で子どもに読んでもらおうという思いを感じる

 立憲民主党の菅直人元首相が日本維新の会に関連して「ヒトラーを思い起こす」と投稿したことを巡り、維新の会側が同党に抗議するなど問題化し、同時に「特定の人物や組織をヒトラーに例えることの是非」についても議論を呼んだ。人間として許されない行為を権力の元に行なったことは非難されてしかるべきだが、ナチスのプロパガンダ戦略、選挙で国民の支持を獲得したこと、国内外の財界から支援を得ていたなどの事実は否定できない。ダブー視するのではなく、検証することは必要だ。そこで、ナチス・ドイツと同盟国だった戦時中の日本では実際にどのようにとらえられていたのかを、大衆の意識に訴える当時の広告を通して確認した。

 2011年、静岡県伊東市内の熱帯植物園跡地にオープンした「まぼろし博覧会」で、その広告を目の当たりにした。東京ドームのグラウンドと同じくらいの敷地には庶民が残した「昭和の遺産」的な展示物がテーマごとに区分けされて陳列され、その中にある「昭和の町を通り抜け」というコーナーには戦前から戦後の高度経済成長期を経てバブル景気に至るまでの貴重な広告やポスター、レコード、雑誌、書籍、玩具などが展示されている。その入口には昭和一桁から10年代の新聞や雑誌など紙媒体の広告がびっしりと貼られていた。

 大手製菓会社のキャラメル広告では、左腕にナチスのシンボルである「ハーケンクロイツ(カギ十字)」の腕章をした「ヒトラーユーゲント」(10~18歳の青年組織)、イタリア・ファシスト党の制服を着た子どもに挟まれ、日本の軍服に身を包んだ少年が肩を組み、日独伊三国同盟(1940年調印)をアピール。「シナノオトモダチ」という中国服の子どもを遊びに誘い、最後のコマで「ニツポンハ ヨイシナノヒト トハ ナカヨシナンダモノ」と握手し、両脇でドイツとイタリアの少年が万歳している。漫画形式で子どもに読んでもらおうという意図を感じる。

 その流れで、3人の子どもが日独伊の旗を持って万歳しているカラーの雑誌広告も目を引いた。三国同盟を背景としていることは一目瞭然だ。

 さらに、大手出版社の「絵本」広告には「ヒツトラー・ユーゲントを見て、明日のドイツの輝かしさを思ふ。第二の國民に不動の日本精神を養はせ立派な日本人とするタメに、ゼヒとも『○○社の繪本』をお與(あた)へ下さい」(原文ママ、一部伏せ字)という文言がつづられていた。「ヒトラーユーゲント」が、当時の日本の親世代には購買意欲をかき立てる訴求力のある対象として見られていたことが伝わった。

 また、「ヒビヤ 東京寶塚劇場」のポスターには、はかまをはいたタカラジェンヌと思われる女性が右手に日の丸、左手にナチス・ドイツの旗を持っている絵がカラーで描かれている。そこには祖国と同盟国への純真なエールを感じた。当時、多くの日本人はそこに疑問を挟む余地はなかっただろう。

 その他、戦意高揚の広告も所狭しと貼らていた。

 「決戦だ!急げ若人!決戦場へ!征け大空へ!父の夫の兄弟の敵を討つのは今だ!」と、「!」マーク乱発の「海軍甲種飛行兵募集開始」の広告では、文末にある「お母さん 民族の敵米英をうつ為にあなたの子供を大空の勇士に育てゝ下さい」というフレーズに考えさせられた。「大日本飛行協會」は「諸君の友達を射殺したアメリカの飛行機をたゝき落とすために」と広告でアピールする。

 軍関係以外の業種でも戦争が影を落とす。製菓会社のコピーは「空爆にキャラメル持って!」。薬品広告でも「進め一億火の玉だ!」。大蔵省・逓信省の「求めよ國債 銃後の力 支那事変国債」、郵便局の「生活改善 年賀状廃止 お互に年賀状はよしませう」からは、庶民レベルでの戦時中の空気が伝わる。

 一方、別の意味で今ではあり得ない広告も。「頭脳の明晰化 疲労の防止と恢復にヒロポン錠」。当時は合法だった。覚醒剤取締法が公布されるのは1951年である。

 名物館長の通称「セーラちゃん」は「購入して集めました。無難なモノを出しても面白くないので、ハッキリ分かるものにしないと」。そして、展示物には意味づけをしない。「みんなが勝手に何かを感じてくれたらいい。こっちは何も希望はないんですよ。面白いと思うところに立ち止まってくれたらいいし、そう思わなければ素通りしてもいいし。人が生きて残ったものは全部カルチャーですよね。その中から気になったら楽しんで、いくらか学べたらいいのかなと」。会場入口で戦時中の広告に見入っているのは記者ぐらいなもので、若い女性やカップルが多い来訪者の大半は素通りして行った。

 最後に言えることは一つ。後に「黒歴史」となる事象もオンタイムでは「正義」だった。善悪の彼岸にある歴史の事実として、展示物はただ目の前に提示されている。

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