ふたりの変人が生んだ奇妙なアニメ ブルース・ビックフォードとフランク・ザッパ 映画監督が語る

沼田 浩一 沼田 浩一
フランク・ザッパ
フランク・ザッパ

 変態・変人と呼ばれたロック・ミュージシャンがいた。フラック・ザッパだ。生前に発表したアルバムは60枚以上にものぼり、1976年には来日公演も行っているのだが、一部のロック・ファン以外にはあまり知られていない存在である。

  その原因のひとつは独特すぎる音楽性にあるだろう。複雑な変拍子を多用したリズムに奇妙なメロディが縦横無尽に飛び回る。歌詞は難解な言葉遊びや下ネタ、社会批判。しかもアルバムによって全編オーケストラ作品だったり、電子音楽だったり、さらにジャズや前衛音楽なども吸収してロックの範ちゅうから大きく外れている。それでついた冠が「変態」「変人」だ。

  そんなフランク・ザッパの映像作品の中に、音楽同様に奇妙な粘土アニメーションが見られるものがある。それがライヴ映画『ベイビー・スネイクス』(1979年)とビデオ作品『ダブ・ルーム・スペシャル』(1982年)、そしてTV番組として放送されたスタジオ・ライヴ『ア・トークン・オブ・ヒズ・エクストリーム』の3本である。演奏の途中に、得体の知れない何から何かへ延々と変形を繰り返す粘土アニメが唐突に散りばめられるのだが、ザッパの奇妙で変態的なサウンドとは見事に調和している。

 この粘土アニメを手掛けたのはブルース・ビックフォード。「映画秘宝 VOL.11 映画懐かし地獄70’s」(洋泉社)によるとビックフォードはザッパの自宅の塀を乗り越えて侵入し、自身の粘土アニメ作品を売り込んだという。ムチャクチャな出会いだが、ザッパもザッパで、その作品を見て一発で気に入り、以降しばらくコラボレーションを続けることになる。メイキング映像を見るとザッパが撮影している場面もあり、まさに共同製作といえよう。

 粘土アニメーションとは、その名の通り粘土で制作されたキャラクターを1コマずつ撮影して動かすものである。『ひつじのショーン』や『ピングー』が代表的な作品だろう。粘土で作られたかわいいキャラクターが動く夢のあるアニメジャンルだが、ビックフォードの粘土アニメはまるで悪夢だ。ザッパの音楽に合わせて、神経質に作りこまれた細かいモチーフが絶え間なく変形する。額から腕が生えたり、額縁の絵が海になったり、醜怪な怪物がバンドになったり…。何を書いているのか不可解だろうが、実際にそんな映像なのである。ライヴ・パフォーマンス中に突然こういった映像が始まるのだから、そのインパクトは強烈である。

 ザッパのビデオにおいてはあくまで主役は音楽の方にあり、ビックフォードの粘土アニメは音楽に即した部分使用であった。そこでザッパは1989年に『ジ・アメイジング・ミスター・ビックフォード』というビデオを発表した。それまで断片的だったビックフォードの粘土アニメの全貌がここで見られる。物語らしきものはすぐに崩壊し、以降は延々とグロテスクな変形が目まぐるしく繰り返される。何が行われているのか理解するのは不可能である。しかし、そのものすごさに誰もが没入することだろう。誰も見たことがない、そして粘土だからこそ可能な驚異的な世界が広がっている。

  そんな奇跡的なコラボレーションを実現させたふたりだが、ザッパは1993年に52歳で、ビックフォードも2019年に72歳で他界した。生前は知る人ぞ知るマニアックな存在だったが、ドキュメンタリー映画『Zappa』(2020年)が制作され、『ブルース・ビックフォードと(の)アメリカ、そして宇宙』(2020年)の追悼上映が組まれるなど、再評価される機会が増えている。多様性がうたわれる現在こそ、こういったマニア扱いされがちなアーティストにも注目してほしいと願う。

 

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