『この世界の片隅に』のさらに片隅に 映画監督が解説

沼田 浩一 沼田 浩一
『この世界の片隅に』ポスタービジュアル(c)2019こうの史代・双葉社 /「この世界の片隅に」製作委員会
『この世界の片隅に』ポスタービジュアル(c)2019こうの史代・双葉社 /「この世界の片隅に」製作委員会

 8月は日本にとって特別な月である。二度にわたる原爆投下そして終戦という出来事は、戦後と呼ぶにはあまりにも年月を経ている現在においても重要な意味を持っている。戦争の悲惨さを後世に伝えるために、毎年多くの特別番組が組まれ、また芸術の世界でも作品が制作され続けている。

  こうの史代による同名漫画を原作とした長編アニメーション映画『この世界の片隅に』(監督:片渕須直)もそんな一本である。2016年11月12日にわずか63館の劇場で公開された、いわゆるミニシアター系の作品として出発しながら、評判が評判を呼び上映は2019年12月19日まで延長されるに至った。さらには上映終了と入れ替わりで、約40分の新規制作シーンを加えた『この世界の(さらにいくつもの)片隅』が公開されるなど異例のヒット作となった。

  主人公は広島市から呉市へ嫁いだすず。戦争によって翻弄される日常が、すずの目を通して淡々と描かれる。戦時下ということで、悲惨で悲痛な出来事も描かれるが、前向きで明るいすずによって、作品全体のイメージは暗いものではない。すずが自分の居場所を見つけていくという物語である。

  本編ではときおり、鉛筆画や水彩画が登場する。絵を描くのが得意なすずによる絵や、すずの空想などを表すため、効果的に使用されているのである。それはすずにとっての転機や心情の変化を表すものである。

  いずれも思わず微笑んでしまうようなシーンばかりなのだが、一か所だけ不思議な映像が用いられている。ネタバレを避けるために詳細は省くが、物語中盤において、すずが見舞われる大きな転換のシーンである。それは、落書きのようなブレた線画がチカチカと明滅しながら展開する断片的なイメージ映像である。

  これには元ネタがある。それはカナダのノーマン・マクラレンによる実験アニメーション『線と色の即興詩』(1955年)。マクラレンはその制作作品のすべてが特殊な技法を用いたものであり、映像表現の幅を大きく広げた人物である。元ネタの『線と色の即興詩』はシネカリグラフという手法によって制作された。

  マクラレンが生み出したシネカリグラフは、フィルムに直接描画する特異なアニメである。フィルムはわずか35mmの幅しかない。通常のペンでは描き込むことができないため、細い針などを使ってフィルムの表面をひっかき、そのキズで絵を描くのである。

  フィルムはコマが縦にずらっと並んでおり、パラパラ漫画のように前の絵を下地に次の絵を描くことができない。カンで当たりをつけて描くため、線はどうしてもブレてしまう。しかし、そのブレや針でひっかいた絵の質感によって独特のアニメーション表現が生まれた。『この世界の片隅に』ではそんなシネカリグラフ風の映像が使用されているのである。

  『この世界の片隅に』は題名が示す通り、この世界に自分の居場所を見出すというテーマを含んでいる。そのテーマとマクラレンの実験アニメ映像とを結びつけるのは強引だろうか?自身の表現を貫き通した作家性によってマクラレンは商業的成功とはかけ離れた居場所に立ったが、今でも様々な作家に影響を与え続けている。片渕須直監督は大学の講義で見たマクラレンの作品について、かつてパイオニアLDCから発売されたマクラレン作品集DVDのブックレットで「映画表現そのものの根幹があった」と述べ、「実に得がたい出発になったと思う」とも語っている。オマージュを捧げることで新たなマクラレンの居場所を『この世界の片隅に』の片隅に残したように思えてならない。

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