『ゲゲゲの鬼太郎』『悪魔くん』などの漫画作品で知られる水木しげる。彼が約50年に渡り、生活および漫画家活動を続けていたのが、東京都調布市である。商店街には鬼太郎のモニュメントが並び、調布駅から徒歩10分の場所には「鬼太郎ひろば」が完成し近年では観光地としても注目を浴びている。
そんな調布市には一部の地元住民から「英霊の木」と呼ばれている古い巨木がある。「英霊の木」は調布駅南側、調布市グリーンホールの目の前に生えており、その姿は近代的なビルがそびえ立つ調布駅前からはかなり浮いて見える。なぜ、この木は「英霊の木」と呼ばれているのだろうか。
記者が英霊の木の存在を知ったのは、2018年12月2日に放送されたTBS系のバラエティ番組『噂の!東京マガジン』内『噂の現場』で調布駅前広場の開発工事を取り上げた特集であった。その特集の中で「調布の駅前には『切ってはならない』とされるアオギリの木が生えている」「このアオギリは明治時代、日露戦争へ出兵し還れなかった調布市民の英霊が宿っている」と語る地元住民達の姿が放送されたのだ。
だが、テレビで大々的に特集された割には英霊の木(アオギリ)についてその後どうなったのか、『東京マガジン』では現在に至るまで続報は放送されていない。記者は調布駅前の英霊の木について独自調査を開始した。
『東京マガジン』の取材から5年が経過した現在、英霊の木は細かい枝葉が切られており、木の周りが支柱と柵によって囲まれていた。木を管理しているという調布市都市整備部街づくり事業課へ話を聞いてみると「現在調布駅前広場に植えられているアオギリ(英霊の木)は,令和5年3月に実施した樹木診断にて放置すると倒木や大枝の落枝等が発生する可能性が高く危険な状況となっています」「アオギリは取り木作業を実施し親木と同じ遺伝子を引き継ぐことや、親木のタネを発芽させるなど、様々な取り組みを行って参りました。また、アオギリは空洞化により危険な状態であることが確認されており、今後、安全確保の観点のもと次世代への植え替えを含め適切に対応する予定です」と回答があった。
続けて『東京マガジン』にも出演していた調布市・布多天神社の総代を勤める荒井賢一氏に「英霊の木」についての逸話を聞いた。
「あのアオギリは『日露戦争の戦勝記念の時にロシア大陸から持ってきた木』だと先代の総代から直接聞いています。日露戦争時には調布市からも兵士が沢山出兵していた。ですが、戦死した兵士の中には遺骨を持ち帰る事が難しい方もいたのです。そこで遺骨の代わりに大陸から持って来たのがアオギリだったようです」との事であった。だが、アオギリの由来についてその逸話を示す資料は現在まで発見されていないという。
「日露戦争の戦勝記念で現在の駅前近くから布多天神社までパレードを行った事は間違いないのですが、アオギリについての記述はなかったのです。なので、詳しい由来などはわかりません。ですが先代は確かに『日露戦争で戦死した兵士の代わりに植えた木だ』と仰っていたので、遺言を知る調布市民の多くがアオギリを残そう、守っていこうと動いています」「調布市は植木屋の町で、昔は駅前にも立派な樹木が生える豊かな森もありました。アオギリの事を後世に残す立札なども本当は建てたいのですが……」と語っていた。
荒井氏が総代を勤める布多天神社の境内には現在、日露戦争の記念碑および忠魂碑が建っている。その記念碑には調布市出身の新選組局長・近藤勇の孫である近藤久太郎の名前も刻まれている。
近藤久太郎は調布から日露戦争へ出兵。だが久太郎はロシアにて病没しており再び故郷の土を踏む事は叶わなかったのだ。アオギリは近藤久太郎をはじめとする英霊の魂を現在に遺すため今も逞しく駅前にそびえ立っている。