今年惜しまれつつ解散した人気グループ「BiSH」の「プロミスザスター」「オーケストラ」やいま飛ぶ鳥を落とす勢いのダンスボーカルユニット「新しい学校のリーダーズ」が歌う「青春を切り裂く波動」など、いずれも話題となった楽曲を手掛けたのは音楽プロデューサーの松隈ケンタさん(43)。9月に出版した自叙伝「屋上の空 こうして音楽で生きてきた」が好評だ。その半生はどうだったのか。
J|POPに本格的なロックを取り入れ、共感を生み続ける稀代のヒットメーカー、松隈さん。まさに時代の寵児と表現しても過言ではないだろう。だが、ここまでの道のりは意外にも挫折の繰り返しだった。
福岡県久留米市出身。小学校のときに音楽に目覚め、久留米高専に進学後は留年するほどバンド活動に打ち込んだ。卒業後は上京し、楽器店で働きながらバンド「Buzz72+」(バズセブンツー)を結成。メジャーデビューを目指して全国各地のライブハウスを飛び回った。
音源を収録したデモテープを約200の会社に送るという地道な努力が実を結び、25歳の時に念願のデビューが決まる。さあ、ここから華やかな音楽人生の幕開けだ!と思いきや、メンバーとすれ違いの末、2年で活動停止となってしまう。
燃え尽きた松隈さん。だが、高校時代に「一生音楽で飯を食っていく」という友人の言葉に感銘を受けたことを思い出し、再び立ち上がる。東京から福岡に戻ろうかとも考えたが「やっぱり一旗揚げないと帰れん」と踏みとどまった。
その後はアルバイト生活をしながらJーPOPの作曲コンペに片っ端から応募した。少しずつ作曲の仕事が入るようになるも、レコーディング現場には呼ばれないことが多かった。曲を渡すと、あとは編曲家や現場の仕事になる。編曲家やプロデューサーが指定したメンバーが演奏し、アレンジが加えられた結果、メロディーは同じでもまったく違う曲になっていた。
「これはいかん」
曲が採用されても、アレンジまでできないと自分がやりたい音楽は作れない。ここから松隈さんは現場の最高責任者である「音楽プロデューサー」を目指すようになった。時に安く使われながらも中川翔子の「フライングヒューマノイド」の制作を手掛けるなど経験を積んでいく。
また、この頃に大きな出会いがあった。音楽スタジオで働いていた時に「あるアイドルの曲を書かないか」と誘われたのだ。後に破天荒なプロモーションで世間に衝撃を与えたBiSである。全曲をプロデュースする中で「アナーキーなカッコいい音楽をやるアイドル」という新しい姿を模索した。
これが2015年のBiSH結成につながる。「オーケストラ」「プロミスザスター」などの楽曲を生み出し、グループの躍進を後押し。松隈さんの名前も世に広く知られるようになった。BiSHは2021年には「プロミスザスター」でNHK紅白歌合戦に出場。音楽プロデューサーとして大きな功績を残した。
2018年からは福岡に拠点を置く。ローカル番組でMCを務めたり、日本経済大学(福岡県太宰府市)で特命教授に就任したりするなど、幅広い活動で故郷との連携を深めている。一方で、音楽活動も変わらず精力的だ。
SNSで人気に火が付いたダンス&ボーカルグループ「新しい学校のリーダーズ」に楽曲「青春を切り裂く波動」を提供。疾走感のあるサウンドと、ハイテンションなパフォーマンスが話題となり、SNS上でも「本当に最高。松隈サウンドがここまでしっくりくるアイドルはいない」と評判になった。
また「仮面ライダーBLACK SUN」の劇伴(映画やテレビなどで流される音楽)を担当。臨場感のある場面を演出するなど、マルチな才能を発揮した。
すでに多くの実績を積み上げてきた松隈さんだが、その視線は未来に向いている。2020年に活動を再開したBuzz72+のアルバムを出すこと、新しいアイドルグループをつくること…。やりたいことは尽きない。
「爆裂にエモく生きていくけんね」と、ますます勢いに乗る松隈さんから今後も目が離せない。
松隈さんが赤裸々に半生をつづった自叙伝「屋上の空 こうして音楽で生きてきた」(クラウドブックス、1540円)が9月16日に刊行された。本編のほか音楽プロデューサー鎌田俊哉さんと「仮面ライダーBLACK SUN」を手掛けた映画監督・白石和彌さんのインタビューも収録されている。
また松隈さんは作曲家やミュージシャンらで構成された制作チーム「SCRAMBLES」の代表も務めており、拠点の福岡と東京を行き来している。
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