7月11日、経済産業省に務めるトランスジェンダー女性が女性トイレ使用の制限解除を求めていた裁判で、最高裁が訴えを認めた。これを受けネット上では「性犯罪が増える」「男性が女性と言い張れば女性トイレを使える最悪の判例」「女性の権利の侵害」といった批判が続出。
ただ、最高裁の全文を見ると「本判決は、公共用トイレの使用の在り方について触れるものではない」となっており、この判例はあくまで個別の事例に対する判断に過ぎないようだ。果たして、本当にこの判決は、社会に悪影響をもたらすものなのだろうか?
ジェンダーや境遇について件のトランスジェンダー女性(以下「上告人」)と共通点のある『特定非営利活動法人MixRainbow®』の、みのりさんに話を聞いた。
ーー今回の裁判について教えてください。
みのりさん(以下、みのり):この裁判は、健康上の理由で性別適合手術(性転換手術)が行えないものの、職場の設けた制限下で女性トイレを使用していた上告人が制限の解除を求めた裁判です。一審では勝訴、二審では敗訴、今回の最高裁で勝訴と、司法の場でも判決が揺らぎました。今回の最高裁の要点だけを見ると「身体を変えずとも女性トイレを使える」と思われるかもしれませんが、過去の裁判を含む全文を見れば、この判例がただちに他のトランスジェンダーに当てはまるものではないことが分かります。あくまで個別の案件だと思います。
ーーSNSなどでは、かなり批判的な意見が目立ちます。何故でしょうか?
みのり:性犯罪のリスクと結びつけて批判されていると考えられます。健康上の理由で性別適合手術(性転換)が受けられないということが、1つの要因になっているようです。
ーーこの裁判の重要なポイントはどこですか?
みのり:長い期間、トイレの利用制限をする理由が分からない点です。上告人は、トイレは制限されていましたが、女性用更衣室などの利用は許可され、トラブルなく過ごしてきました。また、1998年からの女性ホルモン療法によって、性衝動に基づく性暴力の可能性が低いという医師の診断もあります。
それに対して、経済産業省の担当者は当初の制限を一切変えていません。偏った感覚に基づいているようで、あまり論理的ではないように感じました。
ーー時代の変化は関係ありますか?
みのり:上告人が最初に上司に事情を伝えたのは2009年です。今よりはトランスジェンダーへの理解も低かったかと思います。上告人をとりまく状況や社会情勢が変わってもなお、最初に決めた処遇のままというのが良くなかったと思います。
ーーみのりさんは現在、女性として会社に勤務されていますが、会社にはどのような働きかけをされましたか?
みのり:私は、1992年にメーカーへ入社し、現在も勤務しています。今年、ようやく性別適合手術を受けて、女性用トイレの利用ができるようになりました。性別の移行を決意してから、時間をかけて理解者…特に女性の理解者を増やしていきました。
本件の上告人も、トラブルがなかったことを考えると、同僚たちと良いコミュニケーションを心がけていたのかもしれません。
ーー今後、トランスジェンダーを取り巻く環境に期待することは?
みのり:LGBT理解増進法が可決されてから、トランスジェンダーに関する様々な働きかけが大きくなっています。今回の裁判の対象は極めて限定的ですが、過去最大に炎上しているように感じます。
今回の判例は、結果の部分よりも、判決に至った過程が非常に意義深いと思っています。今回のことを契機に、多様な議論が行われることを願っています。
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いろいろ取材した中で特に筆者が気になったものを紹介したい。ひめじ芸術文化創造会議の代表、月ヶ瀬悠次郎さんの意見だ。
「性的マイノリティの性自認を社会が無条件に受け入れることに対しては、慎重な立場です。とはいえ、裁判の見出しだけを見た人の『マイノリティを自称すれば異性のトイレや浴場に入ることが合法化された』という短慮で乱暴な議論には同意できません。無関心層や中間層を推進に向かわせるだけでなく、発言を真に受けた変質者を異性のトイレに侵入するようけしかけるものですからね。慎重論も推進論も、良い社会を作るための方便に過ぎません。互いに敬意を持って、丁寧な発言や議論を心がけてほしいと思います」
今、SNS上では感情的な共感を呼んで拡散につなげようと、過激な表現が積極的に用いられる。こんな時代だからこそ客観的かつ冷静に情報を集めることが重要だ。トランスジェンダーのトイレ問題に引き続き注視していきたい。