佐々部清監督の「一期一映」~遺作『大綱引の恋』は映画という「祭」だ!

切通 理作 切通 理作
『大綱引の恋』フライヤー(c)2020「大綱引の恋」フィルムパートナーズ
『大綱引の恋』フライヤー(c)2020「大綱引の恋」フィルムパートナーズ

  約3,000人の男性が二手に分かれて、長さ365メートルの大綱を引き合う。その合図を告げる、一番太鼓の叩き手になる青年を主人公にした『大綱引の恋』は、昨年3月31日に逝去した佐々部清監督の遺作である。薩摩川内市で行われた、令和元年の川内大綱引大会をクライマックスにしている映画だから、撮られたのは一昨年だろうか。それが、東京オリンピックが予定されている2021年に公開されることとなった。

 本物の祭の光景とは別に、500人のエキストラを投入し別途撮影もしたという、熱気が密集する大綱引大会の場面では、コロナ禍の影もない時点だから、当然ながら登場人物は群衆エキストラ含め誰もマスクをしていない。

 もし佐々部監督がいまも生きていたら、コロナ禍に対する言及を、どこかに追加場面として入れただろうか?……自衛隊員である本作の主要登場人物の1人が、東日本大震災に出動した際のことを語る場面に差し掛かった時、そんなことをつい考えた。

 かつての作品『東京難民』(2013)の時も、佐々部監督は、東日本大震災後の、東北へのメッセージの垂れ幕がいつしか取り外されていく東京の街の光景を象徴的に捉え、いつわりの復興への疑念を込めていた。『東京難民』のDVDを当時の安倍晋三首相に会った時に直接手渡して「観る」という約束をとりつけたことを公言してもいた。

 本作は、佐々部作品の常連俳優でもある、鹿児島出身の西田聖志郎がプロデューサーとなり、逆に佐々部監督にオファーしたものだという。

 だが遺作という目で見るからか、佐々部監督の集大成ともいえる映画となっている風に感じられる。脚本の篠原高志も当初から佐々部監督を想定して書いたという。

 地域に根差した映画作りは近年の佐々部作品の流れを汲むものであることはもちろん、成員が年老いていくことで家族の問題があらわになっていくというのは『八重子のハミング』(2016)と通底しているし、日本と韓国の交流に目を配り、主人公とヒロインとの恋愛ドラマに組み込んでいるのは、『チルソクの夏』(2003)を思わせる。

 画面の上で起こっていることは静かだが、実は激しい感情や、容易にほどけない縄目のようなものが確実に存在していることが、確かな重みとして伝わってくるのが佐々部作品の特徴だ。

 市井の人々の生きる意志を観客と一緒に確かめていくことにこだわる佐々部監督は、かつて筆者の取材に「人の醜さや酷さより、温かさを伝えるような映画に対して『毒がない』と映画評論家はすぐ言うけれど、僕は『毒がなくて結構』といつも思っている」と語っていたのを思い出す。

 ことさらな悪意や、刺激の強い事象に頼らず、伝統的な空気の残る街の人々に焦点を当てながら、しかし、変えていかねばならない不合理に関しては、さりげないながらも意思表明を隠さず、ハッキリと行動で示す。本作では、石野真子演じる主人公の母親役がそれに当たる存在といえよう。

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