60代のAさんは、5年以上ひきこもり状態にある30代の息子と暮らしている。息子は就職後、職場の人間関係に悩んで退職した。Aさんが就職や支援機関の利用を勧めても「今さら働けるわけがない」「放っておいてくれ」と拒絶。
ところが、好きなアーティストのライブが決まると、息子の様子が変わった。自分でチケットを申し込み、美容院へ行き、新しい服を買う。ライブ前日には鏡の前で服を合わせ、当日は朝から身支度を整え、1人で電車に乗って会場へ向かった。
その後も、同じアーティストのファン仲間と交流をするようになった息子は、ファン仲間から頼まれて動画編集を学び始める。そしてアーティストのオリジナル動画を作ることで、やがて少額の報酬を受け取るまでに進歩していった。
その姿を見たAさんは嬉しさの半面「これだけ動けるなら、なぜ働けないのだろう」と疑問を抱くのだった。
Aさんの息子のように、好きなことには動けても仕事には行けない状態はなぜ起きるのだろうか。また、推し活をきっかけに生まれた変化を、家族はどう受け止めればよいのか。発達臨床心理学の専門家である長谷川明弘さんに聞いた。
好きなことに動けても「働ける」とは限らない
―ライブには出かけられるのに、仕事には行けない状態はなぜ起きるのでしょうか。
好きなことのために外出できることと、継続して働けることは分けて考える必要があります。
仕事では、決められた時間に出勤し、人間関係に対応しながら、その生活を続けることが求められます。一方、推し活は本人が「行きたい」と思って選んだ活動です。特に職場の人間関係をきっかけに退職した人は、再び働くことに不安を感じる場合もあります。
―推し活のために外出したり、仲間と交流したりすることは、回復のサインでしょうか。
すぐに社会復帰できると判断するのは早計です。
ただ、ほとんど外出しなかった人が、自分で予定を立て、身支度をして出かけたり、人と交流したりするようになったのであれば、その変化は大切にしたいところです。まずは、本人が楽しみながら社会との接点を持てていることを、そのまま受け止めることが重要です。
―動画編集などへ活動が広がった場合、家族はどう支援すればよいでしょうか。
本人が自分から取り組んでいるのであれば、まずは見守ることです。内発的動機づけと呼ばれている個人の内側から湧き出てくる興味や好奇心、楽しさを原動力にして行動する状態に注目することです。
誰かに頼られたり、作ったものを評価されたりする経験が、自信や人間関係につながる場合もあります。本人が「もっとやってみたい」「仕事として考えてみたい」と話したときに、必要な情報を一緒に探すくらいの距離感がよいでしょう。本人が取った行動に対して外部からの働きかけや外部との相互作用が生じて、さらに本人の内発的動機づけを強化します。
―会社員として就職することだけを、社会復帰のゴールと考えない方がよいのでしょうか。
社会との関わり方は1つではありません。短時間の仕事や在宅での仕事など、その人に合った形もあります。
最初から就職をゴールにするより、本人が何をしたいのか、何を続けたいのか、何を続けているのか、何なら続けられそうなのかを考えていくことが大切です。まずは本人の今の在り方を自他共に認めることから始まります。
◆長谷川明弘(はせがわ・あきひろ) 帝京大学文学部心理学科 教授 博士(都市科学)/日本催眠医学心理学会理事長、日本心理療法統合学会理事
公認心理師、臨床心理士、指導催眠士、臨床動作士、認定催眠士。専門は臨床心理学、発達臨床心理学、ブリーフセラピー・家族療法など。医療・教育・産業分野で臨床実践を重ね、子どもから高齢者まで、生涯の発達段階に応じた心理支援を研究している。著書に「This is Ikigai 365」(ペンギン・ブックス)などがある。