ウンコ調査からツキノワグマ研究パイオニアに「ネガティブなイメージ変えたい」知られなさすぎる生態

山本 鋼平 山本 鋼平
捕獲したクマの採血を行う小池伸介氏=「ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら」より
捕獲したクマの採血を行う小池伸介氏=「ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら」より

 日本有数のツキノワグマ研究者で、東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院の小池伸介教授(44)は世間一般に対して「あまりにもクマのことを知らなさすぎるのではないか」という思いを抱く。副代表を務めるNGO日本クマネットワークの調査では「北海道にヒグマ、本州四国にいるのがツキノワグマですけども、北海道の人でも、ツキノワグマがいるって答える人が15%ぐらい。本州でも『うちの裏山にはヒグマがいる』と考えている人が半分ぐらいいます」という。

 元来おとなしく臆病なクマ。食べ物の9割が植物で、シカの死肉は食べるが、シカを狩る訳ではない。11月から12月ごろから、翌年の3月から5月ごろまで冬眠する。その間、クマは飲まず食わずで過ごし、妊娠したメスは冬眠中に1、2頭の子どもを出産する。冬眠中に生まれた子どもは、生後1年半くらいまでは母親と一緒に過ごす。「人を襲ったり、川で魚を狩ったり、パトカーに追いかけられている印象が強いですけど、それはメディアの影響が大きい」と話す。

 しかし、農村部の過疎が進み森は野生動物にとって住みやすくなり、シカとイノシシは駆除対象になるほど個体数が増えた。クマの個体数も増加。草木の整備が滞り、森とヒトとの境界があいまいになったため、農地や住宅地にクマが入り込むケースも増えている。

 住民への危険が高まり、家畜や農作物に被害を及ぼすクマが駆除されることは、小池教授に異論はない。ただ「悪さをするクマを特定して駆除するなら分かるのですが、出没情報が出るとワナを仕掛けて、たまたまかかったクマを駆除して終わり。何でもいいから何匹か捕まえて終わり。ガス抜きのように〝無罪〟のクマを駆除することはないんじゃないか、とも思いますね」と加えた。

 農村部では役所の担当者が他業務と兼任しておいり、野生動物の処置に関する知識が足りていない状況がある。また、住民側にもクマに関する知識が乏しいと実感する。

 「市場に出せない作物を裏山に捨ててクマが食べている農家がありました。いつか人が死にますよ、と言っていたのですが、数年後、大胆になったクマが畑に侵入し、ビニールハウスによじ登るようになって、ようやく電気柵が設置されました」

 死亡事故の大半は森などでの出合い頭、クマ側からすれば防御の一環で発生した事例だという。人食いクマの恐怖を伝える古い記事には「昔は土葬でしたから。そこから人の味を覚えてしまった可能性はあります」と言う。クマに食べ物を与えず、味を覚えさせないこと。藪を払うなど森との境界を明確にすること。クマとの共存を掲げる小池教授の案は、シンプルかつ基本的なものだが、なかなか難しい。経費や手間を考えれば、迷惑なクマが出没する度に駆除する方が簡単という声には「解決策が分かっているのに、同じ事を延々繰り返すのは根本的な解決には結びつかないですよね」と話した。

 小池教授がツキノワグマの研究を始めたきっかけは、東京農工大3年時に開始した卒業論文の作成だった。山梨県御坂山地でクマのウンコを収集して、食べ物を調べた。最初に発見するまで、約2カ月かかった。「9月に初めて見つけた時は本当にうれしかったですね。直径10センチ位。大きくて粘土質で無臭でした」。ツキノワグマのウンコは臭いが少ないことが多いものの、食材の影響で桜の葉や実を食べれば桜餅、植物の葉ならお茶、サルナシはキウイの香りが漂うという。リンゴを食べた後は見た目、臭いがリンゴジャムそのもので、思わず口に含んだ研究仲間もいた。味は程遠かったそうだ。

 転機は卒論の途中経過を発表した際、ウンコに植物の種子が崩れず混入していた点から、担当教授に種子散布をテーマにするよう勧められたことだった。数々の調査の結果、クマの散布のピークは500〜1250メートルの範囲に及び、ヒヨドリの200メートル以内、タヌキの5〜58メートル、ニホンザルの最大138メートルと比べて秀いていることが判明。「普段のクマはダラダラ食べて寝て、長距離を移動しながらウンコしていく。群れをなさず、単独で、バラバラの場所でウンコをする」。実は地球上で極めて優秀な種子散布動物だった。論文は学術雑誌にも掲載され、2008年に博士号を取得した。

 体を張ったフィールドワークでは、クマを生け捕りにし、首輪型の発信機を取り付けて移動範囲などを調べる。電波発信機からGPSへと機器が進化し、現在は動画撮影も可能となった。ただし、動画を確認するにはGPSを利用してクマに近づき、リモコンで首輪を外してメモリーを回収する必要がある。

 苦労して発信機を取り付けたクマが、駆除されてしまうことも珍しくない。電気柵がないリンゴ園に入り駆除されるケース、最近ではシカやイノシシ用のワナにかかって、死ぬクマが増えてきた。シカやイノシシの駆除には報酬金がつくが、クマは無報酬のため、役所に処理の依頼が届く。「この前、10年近く付き合ってきた29歳のメスが、イノシシ用のワナにかかって駆除されました。野生では最年長記録だと思うのですが」と、少し残念そうに話した。

 GPSと動画の導入で、動物園では6~7月が繁殖期だと思われていたが、実際は5~8月までが繁殖期であったことなど、新たな発見も多い。「分からないことが多いクマですが、クマにとって苦手な景色など、これからも新しい発見ができるかもしれない」と期待し、「ワナにかかったクマを見ると、シュンと沈んでいるものから暴れるものまで、性格が幅広いんです」と、その特徴を語った。

 国内外でのフィールドワークによって日本のツキノワグマ研究をリードしてきた小池教授。このほど、自然科学エッセイ「ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら〜ツキノワグマ研究者ウンコ採集フン闘記」(辰巳出版)を上梓した。自身の半生、研究中のアクシデント、クマの種子散布能力が判明する過程が、笑いとスポ根、推理小説のような謎解き要素とともに描かれた〝フン闘〟劇だ。「クマのネガティブなイメージをニュートラルにしたかった。関心が低かった方にも楽しんでもらえるように書きました」と笑顔をのぞかせた。

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