実写映画化された「くも漫。」などエッセイ、ルポ漫画を手がけてきた中川学さん(45)が、単著では自身初の完全フィクション「中学3年間の数学をだいたい10ページくらいの漫画で読む。」をトーチweb(リイド社)で連載している。数学の教員免許を持ち、教壇に立っていた経験を生かして、中学校で習う21単元をギャグ調におさらいする。11月に連載が始まり、第1話「正負の数」、第2話「文字と式」の配信を終えた作者に心境を聞いた。
手応えを聞かれた中川さんは、表情が暗くなった。「全くないです。不安しかありません。このままだと単行本にしてもらえないと思う。エッセイで本当にあった出来事だと分かって読んでもらうのと違い、フィクションに僕の絵は向いていない。内容も難しすぎる」。悲観的な分析。数学をテーマに、笑えて少し読者の人生が豊かになるような作品を、と注文を受けた。得意のエッセイ漫画ではまとまらなかった。爆笑問題が社会問題をお笑いを武器に斬りまくった1997年発売のヒット作「日本原論」をモチーフに、多摩川の河川敷で数学を学び直したい弟と、懸命に質問に答える兄の様子を描く。「爆笑問題は淡々とボケとツッコミを重ねていく。うねるような感じにしたかったので漫画の兄弟はブラックマヨネーズを意識しています」と、お笑い好きな面を明かしつつ説明した。
中川さんは1976年生まれ、北海道出身。北海道教育大卒業後、数学教師の職に就くも仕事がつらすぎて失踪し辞職した。自著「探さないでください」(平凡社)に詳しいが、赴任した中学校全学年の担当を一人で務め、授業は学級崩壊状態、顧問になったバスケットボール部では自身が審判を務めないと大会に参加できなくなることを告げられるなど、ストレスに押しつぶされた。「『教師びんびん物語』のように先生が学校の中心にいるような姿を夢見ていましたが、現実は真逆でした。僕の前任者も心を病んで退職していました。同僚は皆優しかったのですが」と、振り返った。
その後、職を転々としながらも2005年、特別支援学級の教師を務めていた冬休み、風俗店での行為中にくも膜下出血を発症。自著「くも漫。」(リイド社)に詳しいが、生死の境をさまよい、奇跡的に復帰後、かねてから夢だった漫画家を目指した。2012年、人付き合いが苦手な人生を振り返った「僕にはまだ 友だちがいない 大人の友だちづくり奮闘記」(メディアファクトリー)でデビューし、同作はNHKでドラマ化された。特別支援学級の仕事をコネであっせんしてくれた亡き父への贖罪、母への感謝を描いた「すべりこみ母親孝行」(平凡社)など、人生の恥部を楽しい漫画に昇華させてきた。
頭を悩ます数学漫画。中川さんは「最初は夢の中で当時の教壇に立っている僕が、生徒に数学を教えるようなエッセイ風のものを考えていました。今思えば、そっちの方が良かったかも…」と、視線をさまよわせた。それでも「僕はウケたい。今までウケたパターンをフィクションにも応用していきたい」とキッパリ。漫画家として生活してきた10年間の自負がある。次回配信の第3話「方程式」について水を向けると「第3話は面白いと思います。自信があります。何なら第3話から読んでほしい」と力強かった。かつての教師生活へのノスタルジーは皆無。面白さを追求するプロの姿が、そこにはあった。