全米一になった日本人バーレスクダンサーの人生 昭和のキャバレーから海外へ 5日に自伝発売

北村 泰介 北村 泰介
初の自伝を手にポーズを決めるバーレスク・ダンサーの「エロチカ・バンブー」こと野口千佳さん=都内
初の自伝を手にポーズを決めるバーレスク・ダンサーの「エロチカ・バンブー」こと野口千佳さん=都内

 社交場のショーとして欧米を中心に19世紀から連綿と続く「バーレスク」。日本にも現役の第一人者がいる。「エロチカ・バンブー」の名で国際的に活躍し、2003年に米ラスベガスで開催された祭典で優勝して全米ナンバーワンのバーレスク・ダンサーとなった野口千佳さんが初の自伝『エロチカ・バンブーのチョットだけよ』(東京キララ社刊)を5日にリリースする。拠点とするドイツ・ベルリンから帰国中の千佳さんを都内で直撃し、波乱万丈の人生を聞いた。

 そもそも「バーレスク」とは何か。ショーガールが登場する米国式のバーレスクは1860年代から人気を博したというから、日本でいえば幕末から明治維新の頃。その歴史は長い。

 千佳さんは「一言で説明できないですけど、戦後まもない頃のストリップにあった、ダイレクトな性表現が見せ場ではなく、お色気があってクスッと笑ってしまうようなイメージかなと思います。日本で有名な方では、劇場で踊られていた春川ますみさん、あき竹城さんなど。日本では劇場だけでなく、ホステスさんのいるキャバレーでも踊る。その点が、イベントとして見る欧米にはない特徴です」と説明した。

 千佳さんは神奈川県出身。「奥手で地味な美大生」が前衛舞踏集団に参加したことを機に、女性メンバーが働く夜の世界へ。84年に大分市の「クラブ白鷺」でデビュー。19歳の現役女子大生ダンサー「夏草はるか」の芸名で関西を拠点に各地を回った。

 著書の第一章で描かれる駆け出し時代、大阪・京橋の「グランドサロン天守閣」など今はなき老舗での「ひと模様」も描かれる。時はバブル景気を含む昭和末期から平成初期。10代からつづった日記を元にした文章が、貴重な大衆文化史の記録にもなっている。

 「キャバレーのお客さんはホステスさん目当てですが、私たちもホステスさんに気に入られたら楽屋でドラ焼きもらったり、『おネェちゃん、がんばりや!』ってチップくれたり。お客さんのためだけでなく、ホステスさん、厨房の人、ボーイさんやバンドさんも含め、お店の全員が沸き立つ、ワッショイ的な気分でショーをしていました。お客さんも割り箸にチップはさんで渡してくれたり、後ろのお客さんがいつの間にかステージの真ん前で見ていたり(笑)。デビューした最初の頃はヤジも飛んできましたが、それによって成長させていただいた。九州ではアンコールのことを『もってこい』って言うのですが、その言葉がかかった時は感動しましたね。関西や九州はお客さんがダイレクトに反応してくれた」

 第2章は海外編。人との縁が数珠つなぎとなり、台湾から米サンフランシスコへ。バーレスクの聖地・ラスベガスでのコンテストで03年の女王になったが、選んだ曲の1つがペレス・プラートの名曲「タブー」。ドリフターズ世代として幼い頃から親しんだTBS系「8時だョ!全員集合」での加藤茶の「チョットだけよ、あんたも好きねぇ」で知られるストリップコントのBGMである。

 「基本は加トちゃん。小さい時に見ていたので、どこかに残っていたんでしょうね。『ラスベガスでも加トちゃんしかないでしょ!』で優勝しちゃったという。躍りながら『あんたも好きねぇ』って心の中で言ってました(笑)。ほんと、チョットだけよ、ですよ。全部見せちゃいけないの。チラリズムよ」。バーレスクの神髄を端的に表した加藤茶のフレーズは著書のタイトルにもなった。

 全米ツアーを敢行し、ロサンゼルスではメキシコ系プロレスラーによるルチャリブレの試合とコラボしたイベント「ルチャバブーン」にレギュラー出演。米国で活躍する中で英国人男性と結ばれ、06年に長女・ソーラーさんを出産。妊娠中に舞台で胎内の我が子と共に踊り、結婚式もした。そうしたプライベートでのエピソードが第3章で描かれ、ひとまず終章となる。

 だが、物語は終わらない。08年に日本初のバーレスク・イベント「TOKYO TEASE(ティーズ)」をプロデュースし、11年から拠点をベルリンに移して欧州で活動。コロナ禍で仕事がない期間を今回の執筆にあてた。

 千佳さんは「出産と出版。子どもを産んだ時に『なんじゃ、これは!?』と思ったのと同じです。私の本が書店に並ぶかと思うとうれしくて」と心境を明かしつつ、「今回はアメリカ編までで、次のヨーロッパ編がない。続編を考えています。タイトルは『もうチョットだけよ』(笑)」と予告した。

 11月は都内でイベントが続く。発売日の5日に配信、13、14日に出版記念パーティー、19日と29日にはショーに出演。「呼ばれたらどこでも行きます。帯文をいただいた作家の荒俣宏さんも書かれていますが、1900年のパリ万博で踊った貞奴ネェさんを巡る旅もいつかやってみたいです」。出版は通過点。ダンサー一代記はこれから佳境を迎える。

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