「脳梗塞」は、血管が詰まり、脳細胞に酸素と栄養が届かなくなることで、脳組織が壊死してしまう病だ。脳梗塞を含む脳血管疾患は、厚労省の2024年の統計で日本人の死因第4位。高齢化とともにリスクが上がり、身近な病気でもある。この脳梗塞を発症した体験を自ら映画化した太田隆文監督(64)の「もしも脳梗塞になったなら」が、20日から公開される。病と闘いながらの撮影の苦労や作品にかける思いとは-。太田監督がこのほど、オフィシャルインタビューに答えた。
-監督は脳梗塞を発症したとのことですが、いつ何が起こったんですか?
「2年前の4月1日のエープリールフールに、急に目が見えなくなって、全てがピンボケになりました。『疲れているのかなー?寝れば治るだろう』と思ったんです。喘息で、数カ月前から病院に通っていたので、診察の日に診てもらおうと考えました。1週間後、担当医に目のことを伝えると『すぐに検査しましょう!』と言われ、2日にわたる検査の結果、脳梗塞と診断されました。両目ともに半分失明となりました。脳の一部が死んで、もう一生治らないそうです。原因は心臓機能の低下で、それが喘息や脳梗塞を引き起こしたんです」
-ほとんどが実話ということですが、実話じゃない部分はどこですか?
「死神を見たというのは本当の話なんです。目の一部が死んだ時に起こる現象です。それが僕の場合、なぜか死神でした。監督デビュー作『ストロベリーフィールズ』に登場したキャラなんです。なぜ、綺麗な女優さんでなかったのだろうとも思うのですが(笑)、夢の中で死神が人生について切り込んでくる場面だけは創作です。そのことでテーマに迫ろうと考えました。でも他は全部本当にあったことを映画にしました」
-当事者だから描ける脳梗塞の側面はどこにあると思いますか?
「脳梗塞に限らず、病気というのは患者本人しか気づかないことがたくさんあるんです。担当医でさえ、なかなか分からないことがあります。なのに周りの人がああだこうだ言うので、余計に患者を苦しめるという面があるんです。僕が実際に脳梗塞になったことで、当事者じゃないとわからないことをしっかりと描けるので、そこを大事にしました。当事者に取材をしても、あまりにも情けないことや恥ずかしいことは言いづらいと思います。例えば60歳を過ぎて、寂しくて泣いてしまうなんて、『子供じゃないんだから!』と思われてしまうと思います。ですが、自分のことだから描けます。患者が取材だと聞かれても言わないことも描けるのが、今回のプラスの部分です」
-今も2~3行しか一度に読めないということで、撮影もいつも通りにできなかったかと思いますが、例えばどのようなことができなくて、誰に代わりにやってもらったんですか?
「パソコンでシナリオを書いたんですが、漢字が間違いだらけだったので、スタッフに直してもらいましたし、おまけに自分で書いたシナリオを自分で読めないので、現場でシナリオを開いてセリフを確認することが一切できませんでした。また、病気の前なら、次はどういう場面を撮るかは頭に入っていました。ですが、脳が死んでいるので、わからない。いろんな人に『次は何だっけ?』と聞くしかない。スタッフも責任を感じて、『監督が脳梗塞だから、しっかりやらなきゃ!』と頑張ってくれたようです。シナリオを書いて撮影して編集するというのは、通常半年くらいかかります。が、今回は体力がなく、編集まで自分でやったらまた倒れるかもしれないと思い、信頼できるスタッフに編集はお願いしました。スタッフが編集をしてくれたことで細かな部分に気を配った作品になって、ありがたかったです」
-窪塚俊介さんと佐野史郎さんは初めてご一緒したそうですが、キャスティング理由は?
「窪塚くんは、僕の師匠である大林宣彦監督の作品に出ています。大林作品に出ている役者さんは、『向日葵の丘』の常盤貴子さんなど太田組でも輝いてくれるので、お願いしました。佐野史郎さんは、昔から出てほしかったのと、彼がいた状況劇場が大好きで、以前も状況劇場の役者さんに出ていただいて、すごくいい芝居をしてくれた経験もあります。昔から出てほしかった方に、ついに出ていただいたという、個人的な嬉しさがあります」
-藤井武美さん、藤田朋子さん、田中美里さんは過去にも太田組に出演していますが、キャスティング理由は?
「藤井は『向日葵の丘』の時に、今回も出てもらった田中美里さんの高校時代を演じてもらっています。とてもいい芝居をしてくれました。表現力がある若手なので、また出てほしいと思っていたんです。藤田さんは、本当に贅沢な環境なのですが、僕の新作の準備が始まると、『私の役は?』と連絡が来ます。今回も出てもらわないと怒られるので、お願いしました(笑)。三枚目の役が多いんですけれど、真面目な悲しい役を演じるといいなと思っていました。今回は影のある悲しみを背負った女性の役をやってもらったら、素晴らしい演技を見せてくれました。あれは本当にスゴかった。美里さんも以前の作品に何度か出ていただいています。が、今回は神がかっていました。きっと僕が病気になって、心配してくれたことで、いつも以上に魂をかけた芝居をしてくれたのではないかと想像します」
-田中美里さんに監督ご自身のお母さんと似ているところはあるんですか?
「全然似ていません。あんな美人ではありません(笑)。主人公の隆太郎を美里さん演じる母が見送るシーンは、それが今生の別れになると知らない場面です。撮影をして、僕自身が病気になったこともあり、『あの時、母はどんな思いで息子を見送ったのだろう…』と考え直す機会にもなりました」
-お葬式シーンの撮影はいかがでしたか?
「あのシーンも実際の葬式の通りなんです。現実が一番伝わるし、感動を呼ぶことを感じました。特に主人公を演じた窪塚くんが咳をしたり、苦しむ芝居を見ると、その時の自分を見ているようで、『ああ、あの通りだ…』と撮影のことは忘れて、その時に戻ったかのような錯覚に何度も陥りました」
-マンボの音楽を使っている理由は?
「病人生活は苦しくて、いろんな人に振り回されたりして、大変なんです。それをそのまま映画にしても辛いだけ。なので、明るい音楽に乗せて、チャップリンのように笑いとして見せていければと考えたんです」
-作品の見どころはどこだと思いますか?
「本作は脳梗塞になった時に、どうしなきゃいけないか?周りの人たちはどう対応すればいいか?を基本に作りました。けど、作っているうちに単なる病気の話ではなくなってきて、『家族や友達の絆とは何なのか?』を見つめ直す、『現代社会を生きる日本人が忘れている大切なこと』がテーマとして次々に出てきました。この時代を生きる多くの人たちが、考えるきっかけになる作品になったと思います」
-最後にメッセージをお願いします。
「多くの人が忘れている大切なことを描いた本作は、笑いながら最後にほろりと泣ける映画になっています。皆さんの周りにある大切なことに気づいてもらえる映画になっているので、ぜひ映画館で観ていただきたいです」
上映スケジュールなど詳細は公式HP(https://moshimo-noukousoku.com/)まで。
【あらすじ】1人暮らしの映画監督・大滝隆太郎は突然、脳梗塞を発症。目がよく見えない。言葉もうまく出ない。心臓機能が20%まで低下、夏の猛暑で外出は危険。友人に電話しても「お前が病気?笑わせるなよー」と言われ、SNSに闘病状況を書いても、的外れな助言や誹謗中傷ばかり。「俺はこのまま孤独死?」と追い込まれるが、意外な人たちから救いの手が…。
◆太田隆文(おおた・たかふみ) 1961年、和歌山県生まれ。ロサンゼルスの南カリフォルニア大学(USC)映画科で学ぶ。帰国後、2003年、大林宣彦監督の映画「理由」でメイキングを担当。以後、大林監督に師事。2006年、故郷・和歌山を舞台にした映画「ストロベリーフィールズ」で映画監督デビュー。その後、地方を舞台にした青春映画を発表。「青い青い空」(2010)、山本太郎出演の「朝日のあたる家」(2013)、常盤貴子主演「向日葵の丘1983年・夏」(2015)、鈴木杏主演「明日にかける橋 1989年の想い出」(2019)の脚本、監督を担当。2023年に脳梗塞を発症。再起不能と思われたが、復帰。その経験を題材にした映画「もしも脳梗塞になったなら」を監督した。