年齢を重ねると、体力や気力は少しずつ衰えていく。いわゆる「フレイル」だ。メンタルや足腰が注目されがちだが、食べたり話したりする口(口腔=こうくう)のフレイルも要注意。放置すれば認知症など要介護状態につながる危険性もある。しかし、過度に恐れたり不安がる必要はない。専門家は断言する。「ほんの少し、日常生活の中で気をつけていくだけで元気でいられますよ」-。
5月中旬、兵庫県明石市の明石医師会館で開かれた市民講座「すこやか広場」に続々とシニア世代が詰めかけた。想定を大幅に超える〝満員御礼〟。テーマの一つが「フレイル予防」だった。
明石医療センターの消化器内科・吉田俊一部長(75)がスライドを交えて説明する。筋肉量は30代から年々減少していくこと。柔らかいものばかり好んで食べていると、かむ機能が低下してむせるようになり、口腔機能の低下から心身の機能低下につながること。運動器の衰え(ロコモティブシンドローム)が進むと、閉じ込もりやちょっとした動きでも転倒するリスクが高まること。フレイルから認知症や誤嚥(ごえん)性肺炎、要介護状態などにつながること-。
「でもね、予防のためにすることはシンプルなんですよ」。
神妙な表情で聞き入る参加者たちに、吉田医師は柔和に語りかける。「日常生活にプラスして運動」「口腔機能を維持して栄養を摂る」「地域とのつながりを持つ」。大切なのは、この〝3本柱〟だという。
例えば運動なら、「普通に歩くのではなく、しっかり手を振って足を上げて歩き、1~2分でも早歩きを取り入れて。坂道の上り下りでもいい」と、少し負荷をかけると効果的だと説明。もちろん、無理は禁物だ。できる範囲で続けることが重要となる。
口腔機能の維持では、「パ」「タ」「カ」「ラ」の音を「パパパパ…」「タタタタ…」と早く唱えることで舌や口周りの筋肉を鍛える『パタカラ体操』を紹介。また、高齢者こそタンパク質を摂る必要性や〝孤食〟ではなく「家族や友人、仲間と食べる機会」をすすめた。
三つめの「地域とのつながり」は、外出やボランティア、趣味での交流などのこと。「地域や社会との関わりが薄くなると、生活範囲が狭まって心も弱っていき、ドミノ式にフレイルは進みます。自分にとってもやりがいのある活動、つながりを持ってほしい」と呼びかけた。
フレイル予防は個人だけではなく、地域社会も一体となってすすめていく課題だ。厚労省が「フレイル健診」の質問票を策定するなど、国も各自治体へ予防・対策を要請している。その中で、〝先進地〟とされているのが千葉県柏市。地域住民主体のフレイルチェック活動を推進するとともに、「かしわフレイル予防ポイント制度」を創設。市民がウオーキングやラジオ体操などの健康事業やボランティア活動に参加するとポイントが付与され、年度内30000ポイントを上限に10ポイント=1円でWAONやPayPayに交換できる。これまでに2万人以上が利用し、楽しくお得に健康づくりに努めている。
柏市ほどの取り組みは珍しいが、市民講座の開催など、各自治体でフレイル対策は進む。吉田医師もそうした講座への参加や社会との積極的な関わりを願う。「運動をストイックに頑張ってらっしゃる方、特に男性で長い時間走っていたり、公園で黙々とトレーニングされている方を見かけます。そういう姿を見ると、逆に大丈夫かな、と思うんです。『これだけ動いているから自分は大丈夫』と思い込み、そのほかのことに無関心になっていないかな、と。やはり、運動だけの〝1本柱〟では不十分」と〝3本柱〟の大切さを説く。
日本人の平均寿命(2022年)は男性81.05歳、女性87.09歳。健康寿命は男性72.57歳、女性75.45歳。平均寿命から健康寿命を引いた差、つまり、〝日常生活に支障が出ていたり、何らかの病気のある状態〟が、男性は8年半、女性も11年半あるという計算だ。
ただ「長生き」するのではなく、「元気で長生き」するために必要なこと。そのための〝3本柱〟。吉田医師は「決して難しいことではないはずです。できることから始めて、少し努力するだけ。何歳からでも、元気な身体をまだまだ取り戻せますよ」とシニア世代にエールを送る。