映画「グッドバイ、バッドマガジンズ」成人向け雑誌描いた横山監督「落ちていく社会がリアル」

山本 鋼平 山本 鋼平
「グッドバイ、バッドマガジン」の一場面 (C)ふくよか舎/ピークサイド
「グッドバイ、バッドマガジン」の一場面 (C)ふくよか舎/ピークサイド

 実話に基づいた、成人男性向け雑誌の編集部を描いた映画「グッドバイ、バッドマガジンズ」が注目を集めている。昨年10月、東京・テアトル新宿での1週間限定上映では連日満員を記録し、SNS等での高評価を受け、20日からの全国順次上映が決定。横山翔一監督(35)は「遠くの火事みたいに眺めて自分には関係ないことでも、その中の個人と同じ目線に立ってみれば、自分と変わらない共通する点がつながってくる」と、特異な舞台に現出した時代性を口にした。

 東京五輪開催決定が発端となり、訪日外国人への配慮として、2018年9月から全国の主要コンビニで発売が順次停止された成人男性向け雑誌の編集部が舞台。オシャレなサブカル誌に憧れて就職しながら、一転して成人雑誌担当に任命された新人女性編集者・森詩織(杏花)を主人公に、先輩編集者の向井英(ヤマダユウスケ)、元セクシー女優のライター・ハル(架乃ゆら)を軸にして、2010年代後半、激動の時代に直面した業界の内幕を、エンターテインメントとして描いた。

 付録DVDの編集作業中に絶叫する者、並べた椅子で仮眠する者、床に落ちたアイスを拾い食いする者…。個性的な編集部員はリアリティーに満ちている。横山監督は「95%くらいは実話です」と胸を張った。約7年間、成人雑誌の編集部で働いていた宮嶋信光プロデューサーの逸話に、横山監督が「成人雑誌業界の話をすごく面白いと思って、僕自身が成人映画を監督していたので、そんな現場の話を描きたかった。取り上げられづらいテーマですから」と決意。脚本完成に3年をかけ、多数の関係者を取材した自主制作作品。なお、宮嶋プロデューサーは作中に登場する一人の編集者のモデルで、アダルトビデオを付録DVDに編集する際、モザイク処理を見落とし、雑誌の回収を余儀なくされたシーンは実話だという。

 コンビニの販売実績で上位に君臨した2000年代後半の黄金期から、電子出版台頭による不況、立ち読み防止シールの登場、2013年の東京五輪開催決定を機にするコンビニでの販売自粛、さらに新型コロナ禍などで衰退が止まらない業界が赤裸々に描かれる。新人編集者・森詩織の成長に反比例する、無力感に包まれた苦境は生々しい

 横山監督は「エロ本黎明期の女性編集者の話が面白かったですね。初めて団鬼六先生のマンションに行くと、女性が縄で吊されていて、縄を買って来い、とお使いにいく話とか。ただ、そういった黎明期を描いた作品は既にあったので」と、没落していく設定にした経緯を説明。他にも多くの女性編集者を取材したという。

 「女性編集者もAVの現場には行ったりするんですよね。映画ではAV現場は描いていませんが、編集部の上司が目の前で男優になってしまった状況なども聞きました。その中で、AV女優さんと、女性編集者との距離感が面白かったんですよ。女性がいることが少なかったのかもしれないけれど、相手に意識されて、やりづらいみたいなことを言われたりとか。自分は脱ぐ側ではないけれど、脱ぐ人をネタにして仕事にしていることを、いろいろ考えたという話を、僕は面白いなと思いました」

 その女性同士の関係は、森詩織とハルとのエピソードに反映された。会社上層部が詩織の入社時に小声で伝える「契約社員、社保なし…」の言葉、若手編集部員の「手取り20万ない」という嘆き節、「早く辞めた方がいい」とつぶやく先輩部員、付録DVDの収録時間を増やすよう求める営業部、かつて漫画やコラムなどサブカル文化を彩ったモノクロページの減少、「雑誌じゃなくてDVDの入れ物をつくってるようだ」というぼやき、管理職がつぶやく「若いやつらはかわいそうだよ。文化がない」という言葉。落日の業界を物語るエピソードの数々が映し出された。

 「最盛期から落ちていく姿を描きたいと思っていました」という横山監督が驚いたのは、今作に対する女性からの好意的な反響だったという。「(配給元の)日活に映像を持っていたら、日活の中でも『10年に一度くらい面白い』と評判になったと聞きました。でも、女性からあれほど反響があるとは思いませんでした。セクハラを受けながら何とかやっている、明日から頑張れるといった声が届きました。『自分たちの物語だ』と言ってくれることがうれしかったですね。エロ本の現場で働く女性というのは、だいぶ難しいテーマだと思っていたので」と語った。 

 男性からも「謎の癒やしがある」「明日からも会社に行ける」などと受け入れられたという同作。横山監督は「落ちていっている業界はけっこうあって、日本自体がそうじゃないですか。僕としては落ちていく社会、世界というものがすごくリアルなんですよ」と語った。

 その上で「ただし、個人にフォーカスしてみるといろんなことが起こっている。日々仕事に追われると見えないようなもの、遠くの火事みたいに眺めて自分には関係ないことでも、その中の個人にアクセスして、同じ目線に立ってみれば、自分と変わらない共通する点がつながってくる。同じ地点に立って、互いを見られるようになればいいなと思います」と続けた。

 衰退していく世界観が共感を呼び、奮闘する個人が勇気を生んだのだろうか。一貫する無力感と諦観が、作品にある種のすがすがしさをまとわせたのだろうか。横山監督は成人向け雑誌の衰退は止まらないとした上で「自分が関わってきた成人映画も自由な文化の避難場所、若手の登竜門のような役割があったと思います。でも、なくしてはならない、とは思いません。あらゆる業界で普遍的なことですから、仕方ないと思いますが、自由な場所、登竜門のような役割は、どこかに残って欲しい」と、思いを口にした。

 9日に都内で開催された先行上映イベント以降も、追加上映館が決定するなど、追い風が吹く映画「グッドバイ、バッドマガジンズ」。横山監督は「こういう内容で宣伝が難しい映画だと思います。お気に召しましたら、友だちや会社の同僚に勧めてほしいですね」と笑顔で呼びかけた。

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