大阪にあまりにも遅いエスカレーターが存在する。松坂屋高槻店だ。通常速度は毎分30メートルで、同店は20メートルと3分の2のスピード。同店で1フロアを上がるのに約35秒を要した。カメの歩みというと大げさかもしれないが、ゆっくり、ゆっくり。実際に体験してみると、イライラするのが本音だ。
担当者に聞くと「お客様の事故防止のため」との答えだった。この「低速運転」に切り替えるきっかけとなったのは、2015年2月にエスカレーターのリニューアルが完工したことだった。それまでは通常速度しか設定できなかったが、低速運転との2段階切り替えでの使用が可能に。当時の店長以下、主要メンバーで試乗した結果、満場一致で低速運転に決定した。
「エスカレーターの事故は後ろにこけることが多く、側頭部や後頭部から出血する場合もゼロではないので。百貨店の中で一番危険な場所なんです。そこを何とかしようと、低速運転にすると多少改善させるのではないかということで。もともと高齢のお客様が多い店だったので、ちょうど顧客層と事故防止の観点から低速にしようと」。
15年5月から導入すると効果は数字に表れた。以前はエスカレーターの事故による救急搬送事案が月に1、2回、繁忙期には4、5回あったが、半年に1回あるかないかまで激減した。「いきなりスピードを変えるのはどうか」と懸念する声もあったが、店内で告知して確認をしながら進めていくと、思いのほかスムーズに切り替えられたという。
「ほとんどがふらつき事故なんです。特に地下の食料品フロアから1階の上りが危ないんです。買い物の荷物で両手がふさがっているので、そのまま乗って後ろにひっくり変えるんです。若い人は体幹が強いから踏ん張れると思いますが。ゆっくりだとふらつきが少ないので、ご高齢の方でも踏ん張れていると思うんです」と事故激減の理由を挙げた。
当初、利用客からは「遅すぎる。危ない。かえって怖い」との投書や電話が多く寄せられた。JR高槻駅と直結しているだけに、担当者は「駅のエスカレーターと乗るタイミングの違いもありますからね」と話した。現在も少ないながらも問い合わせはあるが、「40、50代や若い方ですね。『お客様の転倒防止のため、あえて遅くしているんです。事故も減っているんです。ご理解下さい』と説明すると、ほとんどの人が納得します」という。
大丸松坂屋グループは全15店舗。現在は他店舗でも低速運転のエスカレーターをフロアや場所を分けて一部で導入しているところもある。「ダウンのみというお店もありますね」。客層、立地を考慮して導入の可否があるようだ。高槻店が導入した当初は、各店のマネジャーが集まる会議で「高槻は遅い」と話題に上がるほどだった。
「百貨店では日本一遅い?そうでですね。遅いくらいじゃないですか」と担当者。それはあくまでも客の安全が最優先だからだ。「お客様の年齢層やテナントで入っている店舗状況によって、低速運転も変わるかも知れません。例えば、エスカレーターに新しい装置ができて、転倒防止ができるようになったら、少し高速の時代がくるかもしれませんね」。より快適な百貨店を目指して試行錯誤していく。