ロシアのプロパガンダ・アニメーション戦略「火星で資本主義者に打ち勝つ」

沼田 浩一 沼田 浩一

 意外と知らない人も多いと思うがロシアはアニメーション大国であり、その影響力も絶大である。日本でも大人気のキャラクター「チェブラーシカ」は言うまでもなく、「アナと雪の女王」の元ネタであり宮崎駿に大きな影響を与えた「雪の女王」もロシアのアニメである。また、2003年に発行された「世界と日本のアニメーションベスト150」(ふゅーじょんぷろだくと)において1位「霧につつまれたハリネズミ」と2位「話の話」を獲得したのはロシアのユーリ・ノルシュテインの作品である。人形アニメ、商業アニメ、アートアニメの各ジャンルにおいて世界的な評価を受けているが、プロパガンダ・アニメというジャンルでもロシアは強い存在感を示している。

 プロパガンダ。つまり、思想や意識を意図的に誘導することであり、プロパガンダ・アニメというのは作品の中に特定の思想を植え付け、行動をうながす内容が含められているものである。映像が手っ取り早くプロパガンダできることに気づいたヒトラーはナチスの記録映画「意思の勝利」(1934年)を作らせている。しかし、ロシア(当時はソ連)はその10年前となる1924年に「ソヴィエトのおもちゃ」で共産主義プロパガンダ・アニメを制作している。これがソ連において初のアニメ作品である。

 「ソヴィエトのおもちゃ」の内容はこうだ。ごちそうをむさぼり食う大金持ち。お腹が大きく膨れ上がると次に女性が登場する。さんざん躍らせて、女性を飲み込む。食欲と性欲が満たされて寝込む大金持ち。そこへ労働者がやって来てお腹を切り裂くと、中からジャラジャラとお金がこぼれ出てくる、といった内容である。線画だけのシンプルなアニメだが、富裕層への攻撃的な描写はなかなか痛烈なものである。これが「国家映画委員会による公告映画」と堂々と字幕が出てくるのがすごい。

 同じ1924年にもう一本「惑星間革命」という作品も作られている。こちらは冒頭で「国際共産党の軍が火星へ向かい、全世界の資本主義者に打ち勝ち、勝利する物語である」と述べられている。映像はひたすらアバンギャルドでグロテスクである。写実的な描写や落書きのようなイラストなどがカットごとにコロコロと変化し、具体的なストーリーはなく、何となくのイメージでしかとらえられない作品だが、あらゆる技法を駆使した映像は実験アニメとして非常に優れている。ただここに描かれるのは富裕層や資本主義者を倒す!というその一点である。近未来を舞台としたSFではあるが、強いプロパガンダが根を張っている。

 ソ連のアニメ制作がここから始まり、80年代末のソ連崩壊までこういった共産主義プロパガンダ・アニメは延々と作られ続けた。もちろん、こういった作品だけがロシア・アニメのすべてでは決してないが、当時未開拓だった映像という新メディアがいち早くプロパガンダとして利用されたのは注目すべきことではないだろうか。

 現在、ロシアのウクライナ侵攻は泥沼の様相となりつつある。世界中からプーチン批判が起こっているものの、ロシア国内においてはまだまだプーチン支持が大多数だという。強い口調で演説するプーチンとそれを聞いて大いに盛り上がる聴衆との映像を見ていると、ソ連時代のプロパガンダ・アニメを思い出さずにはいられない。

 今回取り上げた作品は竹書房から『ロシア革命アニメーション COMPLETE DVD-BOX』としてまとめられたが、残念ながら現在は入手困難となっている。アニメを使ったロシアのメディア戦略の貴重な資料となるものなので、ぜひ多くの人に見てもらいたいのだが…。

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