平成ノブシコブシの徳井健太(41)が28日、新潮社から「敗北からの芸人論」を刊行した。相方の吉村崇をはじめ、千鳥、小籔千豊、オードリー、ニューヨークら人気芸人を考察。憧れのダウンタウンよりは一生面白くなれない、NSC同期の又吉直樹と綾部祐二(のちのピース)には勝てない…己の才能への絶望、挫折や敗北に立脚した、独特な視点からの惜しみないエールがつづられている。徳井は東野幸治からの金言、かつてのクレイジーキャラからの解放を回想。次のブレイク芸人には双子コンビのダイタクを予想した。
デイリー新潮でのネット連載を書籍化。「週刊新潮」で吉本芸人の伝説を取り上げた連載を終了した東野から「(芸人について書くなら)徳井くんが適任」と指名された。徳井は「東野さんに後押ししてもらった連載が本になり、うれしさと緊張感があります。芸人に好かれたらいいっていうステージから、もう一段階上がったらどうだいって、直接言われたわけではないけれど、そういうメッセージだと受け止めています」と気を引き締めた。
2010年にテレビ番組「ピカルの定理」で躍進を遂げ、18年「ゴッドタン」の人気企画「腐り芸人セラピー」で再ブレイク。不遇さの故に心に闇を抱えた芸人を的確かつ熱く考察することで印象を残した。考察を始めて間もない頃、東野からラジオ番組のゲストに呼ばれた。そこで掛けられた言葉が忘れられない。
「東野さんから『徳井くんは売れるかなと思っていたけど、いつまでたっても売れないからちょっとラジオに呼んでみたんだよ』と。そこで好きな先輩や後輩のことを話しても意味がない、僕がシソンヌ面白い、と言っても売れない。でも、有吉(弘行)さんがシソンヌ面白い、と言うとドーンと売れていくのが歯がゆい、と話したら、『喫茶店のマスターでいいんじゃない。喫茶店であの子面白いよね、と話していて、その子がテレビに映ったら、おれあの子好きだったよ、という位でいいんじゃない。そんなポジションのやつ、芸人にいないから。オモロイんじゃない』と言われて。あらかじめ作ってきたような意見を秒速で返されて、本当にスゴイなと思いましたね」
さらに東野から「お店に来た人に温かいコーヒーを出すだけでいい。人気があるから次は大阪、北海道に店舗を増やすとか、料理をつけるわけでもなく、おいしいコーヒーを出し続けるだけでいい」と言葉を授かった。徳井は「僕が語りたい、褒めたい人のことだけを取り上げた本です。もし売れて、仕事が増えたら、これはあんまり褒めたくないな、という依頼が来るかもしれない。その時はできない、と言えるようにはなりたいです」と心に刻んだ。
徳井は北海道出身。上京への憧れが強く、高校卒業後、東京NSCに入学。間もなく「(ピースの)又吉と綾部の方が自分より面白い」と打ちのめされた。それでも吉村との平成ノブシコブシでは、二人の高い演技力を生かしたコント、漫才で頭角を現した。テレビの海外ロケでは平気で虫や、ヤギの睾丸を食べる姿で注目を集めた。「ピカルの定理」のレギュラーを決め、空気を度外視する毒舌など、タブーを犯し、セオリーを壊し続けた。
「うちのコンビは演技が上手なのがベース。自分は天然でも、サイコでもないが、ムチャクチャなことを当たり前にやり、吉村がツッコむ。熱湯に平気な顔をして入るボケをしたかったし、それを求められていた。当時は春日(俊彰)と少し似た立ち位置でした。それでピカルが終わって、家族で楽しむようなクイズ番組に出た時、クレイジーなところを求められているんだろう、と場に合わないヘンなことを言うとスベるんですよ。番組側はそんなの求めていなかった。吉村はスイッチを変えていて、真面目に答えるクイズ番組は、僕は1回で呼ばれなくなり、次から吉村だけになる。それでも後悔はしていなくて、面白いと思われなくても、実際に面白くないんですけど、いいやって思っちゃった。そこから5年くらい僕は奇妙な仕事しか来なくなり、吉村はお茶の間の人気者みたいな仕事が多くなった。コンビ間はMー1、ピカルまではギクシャクすること多かったですけど、お互いバラバラになって、アイツは仕事が増えて、こっちはお笑いに特化できて、ケンカすることがなくなって楽しかったですね」
転機は2018年の「ゴッドタン」出演。クレイジーさを求められず、番組側の情熱に「死ぬ気でやろう」と覚悟を決めた。NSC入学時のように「腐り芸人セラピー」で共演したインパルス板倉俊之、ハライチ岩井勇気の切れ味には及ばないと負けを認めた。二人とは対照的に褒めて、悟りの考察を行う方向にかじを切った。それは自然体に近かった。「楽になりましたね。もうコントをしなくていいような気持ちでした。熱いから熱いと言っていいのか、熱いといったらウケないんじゃないか、ガッカリされるんじゃないか、自分でも分からなくなっていましたから」。クレイジーキャラから解放された瞬間だった。
2010年頃、当時は自信があった大喜利のお笑いライブに出た時もそうだった。バッファロー吾郎・竹若元博に「脳みそがしびれる回答をされて、どうやったらこんな答えが出せるのか、すごすぎてケタが違うと感じました。こんなにヤバイのか、と考察めいたことをライブ中に考えていました」と回想。即座に敗北宣言をしつつ、それでも笑いのことを考え続ける性質が、今になって持ち味になったのではないか。ただし、徳井は自身の考察は「分析よりはグルメルポです」と語る。「例えば松屋で牛丼を食べるじゃないですか。いやカレーがおいしいですよ、っていうのを、千鳥さんだったら、みんなが漫才面白いと言うじゃないですか、でも、コーナーのMCが面白いですよ、という感じです」と説明した。
次のブレイク芸人に関してダイタクの名を挙げた。吉本大と吉本拓、37歳の双子コンビに「東京の笑い飯さんみたいになっていて、いろんな後輩がダイタクにお世話になっていると言うんですよ。後輩の僕にとって笑い飯さんは大好きで優しいけれど、先輩から見た笑い飯さんはかわいくない。自分はダイタクにかわいさを感じたことは全くないけれど、後輩がこれだけ好いているので。ネタは面白いから、実力でM-1やキングオブコントの決勝行った後に、後輩から『ダイタクさんはネタでとがっている感じ出していますけど実は…』と暴露ネタをいろいろ言われて、ダイタクの人間味、かわいげが出てきた時に売れると思っています。芸人に一番必要なのはかわいげ、と松本(人志)さんも言っていました」とエールを送った。
YouTubeチャンネル「徳井の考察」を開設しているがTikTokは全く面白さが分からない。若手芸人とのギャップを感じつつ、千鳥、小籔千豊、カリカに世話になった恩を後輩に返したい思いが強い。「後輩たちに、徳井さんに言ってもらえなかったら、辞めていたかもしれないですね、と言われるようになりたいです」と誓った。自身の発信力が高まるか、分岐点になりそうなこの新刊。「僕としては泣ける話を書いているつもりです。温かい青春漫画やドラマよりも、こっちの方が泣ける。お笑い好きじゃない人にも感動してもらえると思っています」と呼び掛けた。