古来、絶対的な権力者のいる国家では、嗜好品で国民を懐柔し、快楽に浸らせることで権力への批判を回避させるといった為政者の意図が指摘されてきたこともある。千年以上も昔、南米のアンデス地方にあった「ワリ帝国」では国家統治の手段として「幻覚剤入りビール」を活用していた例があったという。女優でジャーナリストの深月ユリア氏が、英国・ケンブリッジ大学の研究チームが発表したこの学説を元に解説した。
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考古学雑誌Antique誌において、今年1月12日にケンブリッジ大学の研究チームが発表した論文によると、アンデス地方では古来より国民の結束を強くして政治的指導者たちの権威を強化し、国を統治するための手段として、幻覚剤が使用されていたという。
研究によると、アンデス地方にあったワリ帝国(およそ西暦550~1000年)では政治的指導者達は当初、「ビルカ」と呼ばれる幻覚剤を政治的・宗教的な儀式を行う際に使用していた。「ビルカ」の材料には、古来よりシャーマンが儀式を行う際にトランス状態になるためにタバコの材料として使っていたアナデナンテラ・コルブリナの種子などの植物が使用されていた。論文の筆頭著者であるジャスティン・ジェニングス氏によると「ビルカの使用は、通常、政界や宗教界の有力者に限られていた」という。
その後、ビルカを「チチャ」と呼ばれるコシュウボクから製造するアンデスのビールに混ぜるようになり、近隣の有力者たちに「ビール外交」を行うようになった。近隣の有力者たちを宴会に招いて、「ビルカ」入りの「チチャ」、つまり幻覚剤入りのビールを振る舞うのだ。 研究によると、「(ワリ帝国の権力者たちは)モケグア渓谷の景色を楽しみながら、テンジクネズミ、ラマ、魚料理を味わい、チチャを酌み交わした。」という。
「ビルカ」入り「チチャ」を飲むと、気分が高揚し、幻覚を見て神秘体験を集団で共有できるので、結束が固まる。また、儀式を主催する国の統治者たちは神秘体験を与える側として神格化される。「ビルカ」入り「チチャ」はやがて国民を支配し、結束を強めるための手段としても使用されるようになった。
「ビルカ」と「チチャ」で政治的権威を保とうとしたワリ帝国の体制も950年頃より崩壊していった。ワリ帝国の国民は辺境の入植地から避難するつもりだったらしく、神殿殿も宮殿は取り壊されたが、 帝国が滅ぶ寸前まで宴会は続き、最後に壊されたのが醸造所だったという。醸造所が燃えて灰と化してからは、誰も立ち入らないよう跡地が砂で覆われたという。
今回はこの醸造所の跡地で「チチャ」と「ビルカ」 の原料が発見されたことから、このような論文が発表された。しかしながら、この論文は一部の考古学者からは「同じ場所で発見されたからといって混ぜて飲んでいたとは限らない」と論破されている。ジェニングス氏は、今後の調査で、「チチャ」と「ビルカ」が同時に同じ酒器に入っていたという証拠を探そうと意欲を燃やしている。
ワリ帝国が崩壊した歴史から現在、人が学ぶべきことがあるように思う。
現在、日本のアルコール飲料のテレビCMはほとんど無規制のまま流され続けているが、他の先進国(フランス、スウェーデン、オーストリア、スペイン、フィンランドなど)は規制する流れにある。WHO(世界保健機関)も「アルコールの有害な使用を低減するためにCMなどの広告についても規制を行うべきである」と勧めている。