2000年代にグラビア・アイドルとして活躍し、現在は2つの芸能事務所を経営する実業家の小阪由佳が40歳を迎えて撮影した17年ぶりの写真集「until the end~裸洗~」(双葉社)と自身の〝洗脳体験〟を赤裸々に綴ったエッセー「六本木洗脳」(晶文社)を出版した。小阪が当よろず~ニュースに対して思いを語った。
小阪は04年に19歳で「ミスマガジン」グランプリを受賞して本格的に芸能活動を開始したが、09年に突然の引退宣言。20キロ以上増量した姿も報じられて世間を驚かせた。この時期に重なる〝洗脳〟体験を記した今回の新刊は「約2年をかけて取り組んだ覚悟の作品」という。
ところで、タイトルの「六本木」とは何を意味するのか?小阪は「光と闇が重なり合っている街で、心が壊れかけたところから始まった物語なので六本木洗脳です!誰しもが光と闇をかかえていて、それを街でたとえると、『六本木』だという意味もあります」と説明した。
精神的な〝支配〟の手法について、小阪は「元々ある不安、『業界で売れ続けられるか?』という感情を利用されました。その後、常識外れな行動をして後戻りできなくさせ、周りと縁を切らせる。だけど、『私だけがあなたの味方』とアメとムチを使います。どん底の状態で冷静な判断力を失わせ、自信をなくさせ、依存させます」と証言。その相手は女性占い師で、本書では〝姉さん〟と記した。小阪は「出会った時は面倒見がよさそうな雰囲気を出す人でした。洗脳される前は占いがきっかけですが、その後は占われることが全くなかったので、人に何かを助言するのが好きな人なのかもしれません」と明かした。
洗脳が解けたきっかけは「〝姉さん〟以外の方々との関わり」だった。小阪は「友人たちからの心配の声、また(当時関わった)保育園の子どもたちがかわいかったことで心が少しずつ回復しました。『姉さんがいなくなったら自分は生きていけないのではないか』と不安になった時期もありましたが、全くそんなことはありませんでした」と回顧。「苦しい状態にいる人には孤独を恐れないでほしいと伝えたいです。もし、誰かに否定されるのが怖くて話せないのであれば、気晴らしに旅行に行ったり、全く自分と関係ない方と話す機会を作るなど、日々のルーティンを少しでいいから変えてみて欲しい」と提言した。
だが、洗脳から解けた後も「後遺症が続いた」という。小阪は「後悔の念と、現実を受け入れられず、叫び出したくなったり、この世から逃げたくなる感情が定期的に襲ってきます。幸せになろうと思っても、自分は幸せになってはいけない気持ちが押し寄せてきて、友人の結婚式がまぶし過ぎて過呼吸が起きたりしました」と打ち明けた。
では、どのように乗り越えたのか。小阪は「たくさんの本を読んで自分と向き合いました。詳しいやり方は本にも書きましたが、『モーニングノート』(※朝、ノートに自分の思いを記す習慣)もよいですし、『パペットカウンセリング』(※手で動かせる人形やぬいぐるみと対話することで不安を和らげる療法)など、自分の本当の心の声に気づき、傷ついた自分を治療してあげること。他にも、自分の心にあったものを探し出すため、いろいろなことに挑戦して繰り返すこと。大変な作業だけど、諦めないでほしい。絶対に克服できます」と呼び掛けた。
一方、本書では「タレントの性加害問題」にも触れた。小阪は「そもそも、芸能界は〝そういう場所〟だという暗黙の了解みたいなものが、悲しいけれど実際にありました。しかし、その物語が書き換わる時期に来ていると思います」と指摘する。
「タレントを目指す子は、努力は必要だけど、明らかに嫌なことや、常識はずれなことを強制的にやらされる必要はありません。万が一、そういった場面に直面し、受け入れてしまっても、強制されて得た結果に未来はありません。また同じことを繰り返すことになればさらに傷が深くなってしまいます。そうやって傷ついた人を私はたくさん見てきました。『A』の道に行けなければ、もう他はない…みたいな誘導にも惑わされないでほしい。Aがなければ、『B』を選択し、夢を追えばよいです。これからは、危機管理、リスペクト、選択肢を知ること、これらを常識にすることで自然に変化していくと思います」
今年6月で不惑を迎えた。節目の年に一つの〝到達点〟となる書籍と写真集を同時発売。小阪は「昔から、売り上げの一部を寄付する芸能人を尊敬していたので、自分もこの本の売り上げの一部を寄付しようと決めています。本を通して、人の役に立てることを積極的に考え、行動したいと思います」と意欲を示した。