「庶民の暮らしを心がける」
こんな言葉を俳優のインタビューでよく耳にする。実は最近になってその意味がやっと分かってきた。多くの映画は人々の日常を描くものであり、芸能人を演じる作品は稀だ。ということは俳優ならばいかに違和感なく、一般的なその世代の人物を演じられるかにかかっているのだ。それを見事なまでに体現していたのが、『TOKYOタクシー』の倍賞千恵子だった。
本作はパリが舞台のフランス映画『パリタクシー』を、山田洋次監督が東京を舞台にして綴るリメイク版だ。タクシー運転手には木村拓哉。あれだけのスター性がある人間がタクシー運転手を演じるには無理があるのではと思いきや、そうでもない。娘が望む高校進学の為の学費に頭を抱える姿も様になるし、なにより倍賞千恵子との相性が抜群なのだ。確かにふたりはジブリ映画『ハウルの動く城』の声の演技で共演しているが、外見もお似合いだった。倍賞千恵子の役は、年相応だが赤い口紅を塗り、白髪を染めてネイルアートもするくらい着飾っている身なりの良い老女。かたやタクシー運転手の木村拓哉は接客が得意ではなさそうな気さえする人物だ。目尻のシワから良い歳の取り方をしているようにも伺える。
やがてこの映画が、老女の過去を巡る物語であり、彼女が戦争を生き抜き、男尊女卑の時代に争って生き抜いた戦士であることが見えてくるのだ。まさに女性をエンパワーメントする作品なのだが、監督は『男はつらいよ』の山田洋次。そこは女性監督ではないのかと一瞬首を傾げたが、まさかの物語の設定にほくそ笑み、なるほどなと理解した。
というのも倍賞千恵子演じる老女は柴又に住んでおり、彼女は家から出てタクシーで安住の地と言われる所へと向かおうとするからだ。ここで気付く人も居るだろう。そうだ、倍賞千恵子は『男はつらいよ』の寅さんの妹・さくらを演じた女優であり、さくらはいつも自由に旅する兄を心配して柴又周辺で生きているのだ。これは山田洋次監督なりのさくらのような女性へ感謝を込めた作品なのかもしれない。
なんにせよ、とても自然で心地の良い作品だった。その理由は、倍賞千恵子が年相応の女性だったことと、そこにいつまでも綺麗でありたいという思いをお洒落や声色で表現しており、細やかな感情表現まで演技で感じられたからだ。
ある年齢から若作りをしてしまう俳優が存在する。若々しくありたいと願うのは自由だが、演技では違和感が生まれ、役柄に弊害が出る。最近、日本でもやっと年配の主人公映画が増えてきたのは喜ばしいことだ。なぜならいくつになっても人生を輝かせられるのはその人次第であり、年齢など関係がなく魅力的な人は存在すると伝えられるのが映画だからだ。シワも白髪も長く生きてきた証であり、それこそ人生を重ねてきた味わいである。それは誇れるべきことであると映画は本来教えてくれるものだ。そんな根本的なことさえ愛おしく感じた『TOKYOタクシー』は、私にシワや白髪を愛せる女性になろうと思わせてくれた。