人生には予期せぬ出来事がつきものである。特に親から受け継いだ大切な遺産が、思わぬ形で価値を失ってしまった場合、その衝撃は計り知れないだろう。たとえば、亡き父親から相続した上場株式が、協議成立からわずか数か月後に暴落してしまっては目も当てられない。このような状況で、一度決めた合意を覆し、遺産分割協議をやり直すことは可能なのだろうか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞いた。
ー一度成立した遺産分割協議を後からやり直すことはできるのでしょうか
結論から申し上げると、原則として、一度有効に成立した遺産分割協議を一方的にやり直すことは困難です。遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生じるとされており、合意を一方的に覆すことは、信義則に反しまた法的な安定性を害することとして否定されています。
一方で裁判例では、相続人全員が現在の遺産分割協議の全部又は一部を合意解除し、改めて再協議することに同意した場合には、再分割も可能であると示しています。当事者間の合意は最大限尊重されるべきであり、再分割によっても民法909条で第三者の権利は保護されるとの考えによります。被相続人が遺した財産を分割する場合の評価時点は、相続開始時や具体的分割時とされることが一般的で、相続人間で合意された基準日によります。
上場株式の場合日々株価が変動することから基準日に近接し合意された基準日の終値や一定期間の平均株価を用いる場合もあります。いったん合意した以上、株価暴落という分割後に生じた事情が一方的な解除事由にはなりえないと考えます。
ー全員の合意以外でやり直しが認められる場合もあるのでしょうか
主に遺産分割協議そのものに法的な瑕疵(かし)、つまり欠陥があった場合に無効とされたり取消が認められます。具体的には以下のようなケースです。
・仮想の遺産分割協議が行われた場合
・相続人が別の相続人を騙したり、脅したりして強引に合意させていた場合
・遺産の範囲や評価など、協議の前提となる事項について重大な過失がなく、重要な事項に関して錯誤があった場合
・本来協議に参加すべき相続人が、参加せずに協議が行われていた場合
・遺産分割協議後に新たな遺産が発見された場合(追加の協議が必要)
今回、問題になっている相続後の株価の暴落は、無効や取消の対象となっているとはいいがたく、遺産分割協議のやり直しとはならないでしょう。
ー相続後に株価が暴落した場合はどうしたらいいのでしょうか
合意された評価を基準に協議が成立した時点で、各相続人がどの財産をどれだけ取得するかが確定します。
株式のような価格変動リスクのある資産を相続することを選択した場合、その後の価格上昇による利益を享受する権利を得ると同時に、価格下落による損失のリスクも引き受けなければなりません。
仮になんらかの法的手段をとったとしても、主張が認められる可能性は極めて低いものと考えます。ほかの相続人に頭を下げて、遺産分割協議のやり直しを求めるしかないでしょう。
このような事態に陥らないためにも、遺された財産の価値やリスクを適切に評価して、専門家に相談するなどして遺産分割協議を行うことをおすすめします。
◆松尾武将(まつお・たけまさ)/行政書士
長崎県諫早市出身。前職の信託銀行時代に担当した1,000件以上の遺言・相続手続き、ならびに3,000件以上の相談の経験を活かし大阪府茨木市にて開業。北摂パートナーズ行政書士事務所を2022年に開所し、遺言・相続のスペシャリストとして活動中。ペットの相続問題や後進の指導にも力を入れている。