「伝説のカルト映画館」が書籍化 東京で名画座隆盛の今、源流となった大井武蔵野館とは?名作や怪作発掘

北村 泰介 北村 泰介
1981年から99年まで存在した〝伝説のカルト映画館〟大井武蔵野館。独自の作品選定で現在の名画座文化の源流となった(写真提供・佐藤宗睦)
1981年から99年まで存在した〝伝説のカルト映画館〟大井武蔵野館。独自の作品選定で現在の名画座文化の源流となった(写真提供・佐藤宗睦)

 映画をネット配信で観る時代になっても、旧作を映画館で上映する「名画座」という存在が東京では健在だ。その源流となり、20世紀末に姿を消した〝幻の映画館〟に焦点を当てた新刊書籍「伝説のカルト映画館 大井武蔵野館の6392日」(立東舎)が20日に発売された。居酒屋探訪のパイオニアとしても知られる著者の太田和彦氏に話を聞いた。

 池袋・文芸坐や銀座・並木座などに続き、東京・大井町にあった大井武蔵野館が閉館したのは1999年。この年の7月とされたノストラダムスの人類滅亡予言は当たらなかったが、名画座が滅亡する…と、当時は思われた。だが、むしろ今世紀になってから、東京では名画座文化が隆盛となっている。

 旧作邦画に特化したラピュタ阿佐ヶ谷と神保町シアター、洋画の古典と併行して旧作邦画を特集するシネマヴェーラ渋谷、復活した池袋の新文芸坐は準新作的な作品と並んで旧作も上映。そして、520円で鑑賞できる東京・京橋の国立映画アーカイブ(旧フィルムセンター)。太田氏は「(世界でも)こんなに名画座が充実した都市はないと思います」と指摘する。

 21世紀型名画座の特徴は「発掘」。テレビの普及前は映画が庶民の娯楽として大量生産され、1度上映されたまま倉庫に眠るフィルムも数多あった。そこから未知の逸品を掘り起こし、何十年もの時を経てよみがえらせる。フィルム状態が悪ければニュープリントし、凝ったデザインや作品解説、スチール写真も掲載された内容充実のチラシ、館内には当時のポスターや作品資料が展示され、出演俳優や監督、スタッフらによるトークショーもある。

 太田氏は「今の東京には(先述した民間の)4館以外にも名画座はいくつもあり、地方も充実している。それは大井の遺産でしょうね。名画座の灯は消えるどころか、逆に盛んになってきている。そのことを多くの人に知っていただきたい。消えゆく昭和の映画館を懐かしむのではなく、今も生きている名画座の精神を伝える本です。大井では(映画史で)一度も評価されていない作品を通して映画の見方が広がり、映画は自分の目で発見するということを学んだ」と解説。同館で〝発見〟した監督として、丸根賛太郎、千葉泰樹、鈴木英夫、田中重雄、番匠義彰…といった名を挙げた。

 太田氏は1946年生まれ。大井武蔵野館には85年から通い、川島雄三監督の作品などで「日本映画の豊かさ」に触れた。「職場が銀座(資生堂宣伝部)で、会社を抜け出して京橋のフィルムセンターに行って、さらに大井で未発見の作品に触れてから、大急ぎで電車で引き返して仕事場のデスクに座っていた」と振り返る。

 記者が同館に通った82-83年頃はレンタルビデオ店の普及前で、ヒッチコック、フェリーニ、タルコフスキーといった世界の巨匠による有名作品も上映していた。そこから同館が独自路線を確立したのは、本書にも登場する小野善太郎・3代目支配人が86年に就任して以降。90年代にかけ、太田氏が魅了された名作とは別の側面として、怪作や珍作も上映した。

 その代表格が、東映の「網走番外地」シリーズなどで知られる石井輝男監督の「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」。さらには同監督の「女体渦巻島」といったカルトな新東宝映画。劇画の実写版特集では、ソフト化もされていない「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(せんだみつお主演)が同テーマでは定番の「ルパン三世 念力珍作戦」や「銭ゲバ」などと共に上映。諸般の事情で滅多に観られない〝あの〟ロックバンドのドキュメンタリー映画「キャロル」も96年に上映され、「いま観逃したら一生観れない」シリーズでは伴淳三郎主演で力道山や初代林家三平も登場する「怪人黄色い手袋」など超レア作が登場。99年1月末の最終上映は迫真のカーチェイスを映像に刻んだ「ヘアピン・サーカス」で締めくくった。

 太田氏はノートに映画館で観た作品を克明に記録。好きが高じて当時作成した「OMF(大井武蔵野館ファンクラブ)会報」という手書きの壁新聞も本書に再録されている。現在、古書店勤務の女性「のむみち」氏が都内各館の上映情報をまとめた手書きのフリーペーパー「名画座かんぺ」を発行しているが、先駆者である太田氏と30歳の年齢差を超えた対談も本書に収録された。同館の映写技術者だった荒島晃弘氏のインタビューなども読み応えがある。巻末には81年の開館から99年閉館までの全上映作品リストが一挙掲載。都市伝説化していた同館がこの記録によって「現実」だったことが再認識できる。

 旧作のソフト化やCS放送、配信が進んでも、映画館で観ることにこだわる。その数、年間100-150本。「DVDなどで映画を観るのは(画家の)マティスを図録で見るのと同じ」。太田氏は自著「映画、幸福への招待」(晶文社)で60作品の紹介文すべてに観賞場所である映画館名を入れた。「旧作はロケの映像が貴重。当時の風景を捉えた歴史的価値は高い。新作を観る暇がないです」。映画館で初めて観る旧作は時代を超えた〝新作〟なのだ。

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