隣家から流れてくるピアノ演奏を「騒音」と感じるか、「音楽」として聞くか。前者からトラブルに発展することがある一方、後者であっても、ピアノ音を発する家側が過剰に気を遣うことなどによって近所づきあいが気まずくなるケースもある。「大人研究」のパイオニアにして第一人者、『大人養成講座』『大人力検定』など多くの著書を世に送り出してきたコラムニストの石原壮一郎氏が、そんな場合の「大人の対応」をお伝えする。
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【今回のピンチ】
隣りの奥さんとバス停でバッタリ。何気なく「娘さん、ピアノ上手になりましたね」と言ったら、急に青ざめて「う、うるさくてごめんなさい」と謝られた…。
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顔見知りの隣の奥さんと、駅に向かうバス停でバッタリ。「こんにちは」と挨拶したのはいいけど、たまにしか会わないだけに、何を話せばいいのか分かりません。かといって、ムスッと立っていたら「危ないタイプの旦那さん」と思われてしまいます。
頭の中で、全力で話題を探したところ、隣りからたまに聞こえてくるピアノの音が浮かんできました。妻の話だと、小学生になったばかりの娘さんが弾いているそうです。
いいネタがあったと心躍らせ、純粋にホメるつもりで、何の他意もなく言いました。
「お嬢ちゃん、ピアノ上手になりましたね」
たぶん「いえいえ、そんな」と、テレつつも、うれしそうな反応をしてくれるだろうと予想していたところ、まったく違いました。奥さんは急に青ざめた表情になり、
「う、うるさくてごめんなさい。前から主人にも『二重サッシにしたほうがいいわよ』と言ってたんです。本当に申し訳ありません」
と言いながら、ペコペコと頭を下げています。何が起きたのか分かりませんでしたが、「ハッ!」と気づいて、今度は自分が青ざめました。「もしかしたら、『ピアノの音がうるさいから何とかしろ』と言っていると誤解されたのではないだろうか…」
本当かウソか分かりませんが、京都の人がピアノの音への苦情を伝える時は、「お子さん、ピアノお上手にならはったなぁ」とホメるという話を聞いたことがあります。奥さんも、それを知っていたに違いありません。
近所づきあいの平和のためには、何としても誤解を解きたいところ。「いえいえ、そんなつもりじゃないんです」と言ったところで、苦情を言われたと思い込んでいる奥さんは信じてはくれないでしょう。
こういうときには、唐突な言葉を投げつけて、話の流れを変える必要があります。
「実は僕は、常にピアノの音を聞いていないと禁断症状が起きる体質なんです!」
奥さんが「えっ、どういうこと?」とひるんだスキに、さらに畳みかけます。
「だから、お嬢ちゃんのピアノの音が聞こえてくるのは大歓迎なんです。むしろ窓を全開にして、もっともっと弾きまくってください」
ここまで言えば、奥さんも「苦情じゃなかったのかな」と思い始めるはず。仕上げとして、勘違いの原因をつぶしておきます。
「それに僕は京都人じゃないので、ああいう高度な表現力は持ち合わせていません。どうかどうかご安心ください」
誤解を解くのは容易ではありません。なりふり構わず全力でぶつかって、やっと活路が見いだせます。
ただ、最悪の事態は避けられたとしても、「危ないタイプの旦那さん」という印象は与えてしまうかも。人生は常にメリットとデメリットを天秤にかけながら、「よりマシな選択」をしていくしかないようです。