1970年代に時代の先端を走った伝説の女優・高橋洋子が監督、脚本、プロデューサー、主演を務めた30分の新作短編映画「キッド哀ラック」を完成させ、過去に出演した代表作と共に10月に初公開される。日本の映画史やテレビドラマ史に残る作品に足跡を残した高橋が、よろず~ニュースの取材に対して思いを語った。(文中敬称略)
高校を卒業した72年に斎藤耕一監督の映画「旅の重さ」の主役オーディションに合格して映画デビュー。名監督の作品に出演し、三國連太郎、田中絹代、原田芳雄、文学座付属演劇研究所の同期だった松田優作らと共演。テレビドラマでは73年のNHK連続テレビ小説「北の家族」のヒロインに抜てきされ、最高視聴率が50%を超えた同作で国民的な知名度を獲得した。清純派から一転、殺人犯役でゲスト出演した日本テレビ系「傷だらけの天使」では萩原健一、「大都会 闘いの日々」では石原裕次郎や渡哲也を相手にインパクトを残した。
81年に小説「雨が好き」で中央公論新人賞を受賞。女優、歌手、小説家としてマルチに活躍する中、同作を原作とした映画で83年に監督デビュー。今回は38年ぶりの監督作となり、女優としては2016年公開の映画「八重子のハミング」(佐々部清監督)以来の再始動となる。音楽は夫の三井誠が担当。「僕にまかせてください」などのヒット曲を持つバンド「クラフト」の元メンバーで、稲垣潤一の大ヒット曲「クリスマスキャロルの頃には」を手掛けた作曲家だ。
「昨年6月から脚本を書き始めて8月に完成。撮影は昨年11月に栃木市で3泊4日。静かなたたずまいの町でした。私を含めたスタッフ9人で力を合わせて撮れた。150万円の低予算をやりくりし、シナリオハンティングもロケハンも自分の持ち出しで、1万円オーバーで済みました」
テーマは「自分の居場所はどこだ」。それぞれの人生を経て、故郷の町で再会する姉妹の話だ。高橋は妹役で、姉役は77年のNHK連続テレビ小説「風見鶏」のヒロインを務めた新井晴み。「北の家族」以来の共演となる新井とは同い年で、私生活でも交流がある。
「人間の『喜怒哀楽』を描きました。新井さんが演じる姉は地元にいて、子どもが巣立ち、夫を亡くして認知症の母を介護している。私が演じた妹は夢を持って東京で自由に暮らしていたが、繁盛していた店など全てを失い、帰郷して母の家に転がり込む。そこから物語が展開されます」
特集上映は2週間にわたって開催される。10月9日に東京・東中野のイベントスペース「ポレポレ坐」で行われる「前夜祭」では新作短編、高橋と新井のトークライブに加え、渥美清主演の「田舎刑事 時間(とき)よ、とまれ」を上映。77年にテレビ朝日系で放映され、ソフト化されていない伝説のドラマだ。当時、24歳で女性刑事を演じた高橋は渥美の役者魂を体感した。
「渥美さんと肩を抱き合うシーンがあったのですが、そこで渥美さんは私の肩を少しずつ回し、長い髪に覆われた私の横顔は見えなくなり、渥美さんの横顔が大きくフレームに入った。監督の意図ではカメラが真横から2人の横顔を捉えるはずが…。少しでも前に出てやろう、1秒でも長く舞台に立っていたいという浅草芸人さんの根性が、あんなに大きな俳優さんになられても染みついていた」
同作のロケ現場で焼きそばパンを食べていた高橋に、渥美は「どうして、君はそんな下世話なものが食えるんだい?」と声をかけ、「僕って、たこ焼きとか、頬張っている感じでしょ?そうじゃないんだよ。僕はちょこっとしか食べないの」と笑顔。このドラマが縁で、都内の中華料理店で渥美を囲む「ゴロゴロ会」という集まりを始めたが、渥美は肉料理ではなく、「青菜のクリーム煮」を注文した。そんな国民的俳優の一面を知った。
「本祭」は横浜市にある日本最小のフィルム映画館「シネマノヴェチェント」で10日から23日まで開催。「さらば箱舟」(82年、寺山修司監督)、「悪魔の手毬唄」(77年、市川崑監督)、「北陸代理戦争」(77年、深作欣二監督)、「鴎よ、きらめく海を見たか めぐり逢い」(75年、吉田憲二監督)、「アフリカの光」、「櫛の火」(共に75年、神代辰巳監督)の高橋出演6作も併映され、会期中の土日はゲストを迎えてトークイベントを行う。
「20代の私と60代の私が1度に観られます(笑)。作品を残したいという熱い気持ちがありました。幸せを感じています」。高橋は集大成の「秋祭り」に向かう。