1970年代にブームを巻き起こした「ツチノコ」は今もコアな人気がある。未確認生物「UМA(ユーマ)」として、日本各地で捕獲すれば賞金付きというイベントも行われている。ただ、コロナ禍で昨年と今年は探索活動はお休み中。一区切りの間に、ツチノコ・ハンターたちの思いを聞いた。ちなみに、UМAとは「アンアイデンティファイド・ミステリアス・アニマル」の略です。
ツチノコとは、ざくっと言えば、蛇の頭に数十センチはあるというビール瓶のような極太の胴体が続き、細い尻尾が付いているUМA。いびきをかいたり、2メートルも跳んだり…と見て来たようなことを書いているが、「目撃談」はあっても、捕獲例はもちろん、写真すら撮られていないのが実情だ。
72年に田辺聖子さんの小説「すべってころんで」やそのドラマ化でブームに火が付き、73年に矢口高雄さんの漫画「幻の怪蛇バチヘビ」、74年には「ドラえもん」にも登場したりして子どもたちの関心も引き付けた。時は流れ、令和の今も、ツチノコを全国規模で探索する団体がある。「未確認生物研究所 つちのこ学会」(本部・新潟県)の花園優馬理事長に話を聞いた。
同会はツチノコを生きたまま捕獲し、未確認生物から絶滅危惧種に認定してもらうことを目的に2015年から活動を開始。最初は仲間10人で新潟県糸魚川市の「つちのこ探検隊」という、生け捕りすれば賞金1億円というイベントに参加した。17年4月に会を設立。将来的には養殖事業を成功させてツチノコのペット化を目指す。
優馬だけにUМAに夢と浪漫を託す理事長は当サイトの取材に「私自身1974年生まれでブームの真っ最中に生誕しました。現在、会員数は約100名(男女比6:4)。仲間が増えれば人海戦術でツチノコを捕まえる確率が上がるのではないかということで、糸魚川のイベントをメインに活動しています」という。
こうしたイベントは糸魚川市のほか、岐阜県東白川村の「つちのこフェスタ」、奈良県下北山村「ツチノコ共和国」などが知られる。糸魚川市の懸賞金1億円は史上2位で、1位は兵庫県宍粟市の2億円(92年)。岡山県赤磐市は2000万円、東白川村は100万円+αなど。同会では「単独でツチノコを捕まえても賞金は分け合う」という。
花園さんにツチノコ捕獲作業を実況していただいた。
「捕獲は複数人で行うことが基本。普通の蛇のように蛇行せず直進してきます。見つけた場合は前後を挟み撃ちし、ツチノコの前に立った者が網で捕まえるか、首の周りを小型のサスマタで押さえつけるのが有効。猛毒を持ちジャンプして飛びかかってくることがあるので油断は禁物。日本酒、スルメ、『乙女の髪』を焼いた匂いで誘うと寄ってきます。夜行性との説もありますが、目撃情報のほとんどが日中です。午前中が狙い目だと思われます。服装は山に入るので長袖、長ズボンが基本、猛毒を持つ牙があるので素手で捕まえるのは危険です。必ず手袋着用で。生息地は環境破壊されていない山奥です。釣り人が偶然目撃した例もあるので川などの水辺も狙い目です。探索は、上よりも地面をよく探してください。無理をして危険な目に遭うよりまず、ピントのはっきしりた全身の写真を撮って証拠を残す事を優先しましょう」
うーむ、その姿が目に浮かんでくる。そもそも、ツチノコにひかれた魅力とは。
花園さんは「魅力.?...んんんんん、賞金です(笑)。真っ赤なポルシェを買いたい」と山口百恵さんの「プレイバックPart2」的な世界観を描きつつ、「ホストクラブで豪遊したいなど会員さんの欲望もよく聞きます。そして『ツチノコなんて居るはずないよ!』と馬鹿にしていた人に尊敬されると思います。日本、いや世界を明るくするためにツチノコの生け捕りが使命です」
同会の関東支部長で、東京都在住のコスプレDJ「声(こえ)」さんは家族とツチノコ探索に出かけてきた。「私は不思議なものが好きで、芦ノ湖にアッシーを探しに行きました。広島出身なので比婆山のヒバゴンにも会いたい。いつかネッシーを探しにネス湖にも行きたい。ドローンを操縦できるようになったら空撮でUМAを探したいです」と夢を膨らませる。声さんはブーム後に生まれた世代。時代を超えて、ツチノコは好事家の思いの中で今も生き続けている。