イタリアの映画監督ティント・ブラスさんが、93歳で亡くなった。性描写の多い歴史映画「カリギュラ」や「サロン・キティ」で物議を醸し、検閲当局と何度も衝突したことで知られる。
ANSA通信によると、家族が11月4日に死去を発表した。実験映画から出発し、のちにエロティック映画で国際的に知られるようになったブラスさんは、50年以上にわたり映画界で活躍。本人の承認を得ずに公開された「カリギュラ」の最終版をめぐっては、長く争いが続いた。
ベネチアの芸術家一家に育ち、法律を学んだのち、1950年代後半に映画の道へ。パリのシネマテーク・フランセーズでアーキビストとして働いていた時期にロベルト・ロッセリーニと出会い、1959年の「ロベレ将軍」で助監督を務めた。
1963年、社会の期待に苦しむ失業中の青年を描いた「In Capo al Mondo」で監督デビュー。ベネチアを舞台にした同作はベネチア国際映画祭で熱烈に迎えられたが、イタリアの検閲当局とは問題を抱え、これがキャリアを通じて続く検閲との対立の始まりとなった。
1960年代後半から1970年代初めにかけてはロンドンを拠点に英語作品を手がけ、ジャン=ルイ・トランティニャンとエヴァ・オーリン主演の1967年のエロティック・スリラー「危険な恋人」などを監督している。国際的に広く知られるきっかけとなったのは、ヘルムート・バーガー主演で1976年に発表した「サロン・キティ」。ナチス時代のベルリンを舞台に、ドイツの情報将校が有力な客の情報を集めるために利用した高級娼館を描いた。
そして最も知られ、最も議論を呼んだのが、マルコム・マクダウェル、ヘレン・ミレン、ジョン・ギールグッド、ピーター・オトゥールが出演した「カリギュラ」だった。