1960年代から70年代にかけてチャートを席巻したボーカルグループ、フィフス・ディメンションの創設メンバーであるラモンテ・マクレモアが3日、ラスベガスの自宅で亡くなった。90歳だった。代理人のジェレミー・ウェストビーによると、死因は脳卒中を患った後の自然死だったという。
セントルイスに生まれたラモンテは、音楽界で成功を収める前はアメリカ海軍で航空写真家として勤務していた。音楽キャリアの始まりは、後にバンド仲間となるマリリン・マックーも在籍したジャズ・アンサンブル「ハイ・ファイブ」だった。
その後、幼なじみのビリー・デイヴィス・ジュニアらと「ヴァーサタイルズ」を結成。写真の仕事を通じて知り合ったフローレンス・ラルーも加入し、1965年に名前を「フィフス・ディメンション」に改めて契約した。1967年、ママス&パパスのカバー曲「青空を探せ」でブレイクを果たした。
同年リリースの「ビートでジャンプ」は全米7位を記録し、グラミー賞で最優秀レコード賞を含む4部門を受賞。1969年には愛と平和をテーマにした「輝く星座/レット・ザ・サンシャイン・イン」が6週連続全米1位を記録する大ヒットとなり、再びグラミー賞最優秀レコード賞に輝いた。遺族には30年連れ添った妻のミエコ・マクレモアと、2人の子供がいる。