遺言書といえば、資産家が巨額の財産分与を指定するために書くもの、というイメージを持つ人は多い。しかし、封を開きその文末に記された「付言事項(ふげんじこう)」を目にして涙を流す遺族もいるという。
そこには、財産の分け方ではなく、長年連れ添った家族への感謝や、残される兄弟たちが仲良く暮らしていくことへの願いなどが、綴られていることもあるそうだ。この「付言事項」とはどのようなものなのか、北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞いた。
ー遺言書の「付言事項」とは、法的にどのようなものですか?
付言事項とは、遺言書の本文(財産の分配など)の後に書き添える、遺言を書いた理由や家族への想いを記す、家族などの関係者へのメッセージのことです。
法的な側面から言えば、付言事項に拘束力はありません。例えば、そこに「100万円を渡す代わりにペットの面倒をみること」と書いてあっても、法的に強制することはできません。
しかし、法律上の効力がないからといって意味がないわけではありません。なぜそのような遺産分割にしたのかという「理由」や、家族への「感謝」を記すことで、相続人たちが遺言の内容を納得して受け入れ、無用な争いを防ぐための精神的な支柱となることが多々あります。
ー過去にはどのようなメッセージが遺されていましたか
例えば、介護をしてくれた長男の妻に対して「長い間、私のわがままを聞いてくれて本当にありがとう。あなたのおかげで幸せな晩年でした」という感謝の言葉や、障害を持つ子を残して逝く親御さんが、他の兄弟に対して「〇〇のことをどうかどうか頼みます」と切実な願いを記したものなどがあります。
また、「お父さんが残したこの家だけは守ってほしい」といった、特定の財産に対する想いを記す方もいらっしゃいます。これらがあることで、残された家族は「お母さんの気持ちなら仕方ないね」と、円満に手続きを進められることが多い印象です。
ー財産がほとんどない場合でも、「付言事項」のためだけに遺言書を作成する価値はありますか?
「うちは財産がないから揉めない」と思っているご家庭ほど、わずかな預金を巡って感情的な対立が生まれ、絶縁状態になってしまうケースが後を絶ちません。これを防ぐのが、故人のラストメッセージです。
お金の多寡にかかわらず、「ありがとう」という言葉が一つあるだけで、残された家族の悲しみは癒やされ、その後の人生を前向きに生きる力になります。
手紙の場合、散逸、焼失などの可能性がある一方で、公正証書や法務局保管の遺言の場合、あるかないかの調査が可能で相続人が発見しやすいことから、自らの想いを家族に届けやすいという意味で付言事項を重視した遺言書、というのも価値があるかもしれません。
ーこれから遺言書を書こうと考えている人が、付言事項で心がけるべきことは何ですか?
最も心がけていただきたいのは、遺言書本文に登場する人物や相続人等の家族には少しでもよいから全員について触れることと、「感謝」、「愛情」をベースに書くことです。
中には、過去の恨みつらみ、特定の家族への批判を付言事項に書いてしまう方がいらっしゃいますが、避けるべきであるとアドバイスしています。死後に読まれる言葉は、反論ができないため、残された人に深く重い傷を残し、新たな争いの火種になりかねません。
もし特定の子供に財産を多く渡す場合でも、「〇〇には介護で苦労をかけたから多く渡したい。どうか理解してほしい」と、他の兄弟姉妹への配慮を含めた丁寧な説明を心がけてください。
末尾を「自分の人生は皆さまのおかげでたいへん満足なものだった、幸せなものだった」といったポジティブな言葉で締めくくることは、死後にひもとく相続人などの関係者の救いとなり、想いも伝わりやすくなるのではないでしょうか。
◆松尾武将(まつお・たけまさ)/行政書士
長崎県諫早市出身。前職の信託銀行時代に担当した1,000件以上の遺言・相続手続き、ならびに3,000件以上の相談の経験を活かし大阪府茨木市にて開業。北摂パートナーズ行政書士事務所を2022年に開所し、遺言・相続手続きのスペシャリストとして活動中。ペットの相続問題や後進の指導にも力を入れている。