転職をして新しい会社に勤務することになったAさん(30代男性)は、毎日真面目に働き、日によっては20分〜25分程度の残業をしてから退勤していた。しかし初めての給与明細を見て、彼は残業代がついていなかった事に愕然とする。
経理に確認すると、「うちの会社は残業時間は30分単位で計算するルールだから、30分未満の残業は切り捨てになるんだよ」と説明される。彼はこの内容に納得いかず、やる気を失ってしまうのだった。残業時間を30分単位で区切り、それに満たない時間を切り捨てることは問題ではないだろうか。社会保険労務士法人こころ社労士事務所の香川昌彦さんに聞いた。
ー残業時間を30分単位で計算し、端数を切り捨てることは違法ですか?
明らかに違法です。労働時間は1分単位で管理することが原則であり、1日単位で労働時間を切り捨てることは、たとえ1分であっても労働基準法違反(賃金不払い)にあたります。
会社が独自のルールとして「30分単位で計算する」と定めていたとしても、そのルールは法律に優先されるものではなく無効です。
ー労働基準法では、労働時間の計算はどのように定められていますか?
原則として、労働時間は1分単位で計算しなければなりません。ただし、例外的に、行政通達によって「1ヶ月における時間外労働、休日労働、深夜労働のそれぞれの時間数の合計に、1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げる」という事務処理は認められています。
重要なのは、これはあくまで「1ヶ月の総労働時間」を計算する際の特例的な事務簡略化の措置であり、日々の労働時間を切り捨てることを認めるものではない、という点です。
ー「15分単位」や「30分単位」といったルールが横行している企業がある理由は?
大きく二つの理由が考えられます。一つは、かつてタイムカードの集計を手計算していた時代の古い慣習がそのまま残っているケースです。当時は分単位の計算が非常に煩雑だったため、便宜上15分や30分といった単位で丸めて計算することが黙認されていた背景があります。
もう一つは、法令への理解が不十分なまま、あるいは意図的に人件費を削減する目的で、違法であることを知りながらそのルールを続けている悪質なケースも存在します。
ー切り捨てられた時間分の未払い残業代を請求することはできますか?
請求可能です。賃金請求権の時効は、3年とされていますので、過去3年分に遡って未払いの残業代を請求することが可能です。請求する際には、実際にどれだけ働いたかを証明する客観的な証拠が非常に重要になります。
タイムカードのコピーや写真、パソコンのログイン・ログオフ記録、業務メールの送受信時刻、あるいは日々の始業・終業時刻を記録した手書きのメモなども有効な証拠となり得ます。
会社には労働者の勤怠記録を保存する義務がありますので、労働者から開示請求があれば、それに応じなければならないのです。泣き寝入りする必要はまったくありません。
◆香川昌彦(かがわ・まさひこ)社会保険労務士/こころ社労士事務所代表
大阪府茨木市から労使の共存共栄を目指す職場づくりを支援。人材育成・定着のための就業規則整備や評価制度構築、障害者雇用、同一労働同一賃金への対応といった実務支援は、常に現場の視点に立つ。ネットニュース監修や講演にて情報発信を行う一方で、SNSでは「#ラーメン社労士」としても活動し、親しみやすい人柄で信頼を得ている。