労働者の正当な権利である「退職」をスムーズに進めるための手段として、「退職代行サービス」の利用が広がりつつある。一方で、退職代行サービスの利用を快く思わない元上司などによって、退職の経緯が噂として広められるなど不本意な形で周囲に漏らされてしまうという新たなリスクも懸念されている。
「退職代行を使った」という事実を第三者が言いふらす行為は、法的にどのような問題があるのだろうか。まこと法律事務所の北村真一さんに話を聞いた。
ー退職代行を利用したという事実は、プライバシー情報にあたりますか
退職代行を利用したという事実が、直ちに法的に保護されるべきプライバシー情報に該当するかは、一概には言えません。状況によって判断が分かれる可能性があります。
一般的に、プライバシー情報として法的に保護されるには、「私生活上の事実または事実らしく受け取られる事柄」「一般人の感受性を基準にして公開を欲しない事柄」「まだ一般に知られていない事柄」という3つの要件を満たす必要があるとされています。
「退職代行の利用」は、純粋な「私生活上の事実」とまでは言い切れないでしょう。しかし、個人の意思決定や感情に関わるデリケートな情報であり、多くの人が積極的に公にしたいとは考えないはずです。
そのため、常に保護対象のプライバシー情報と断定することは難しいものの、その事実がどのような状況で、誰に、どのように伝えられたかによっては、個人のプライバシーを侵害するものと評価される可能性はゼロではありません。
ー元上司や元同僚が、社内外で言いふらす行為は、どのような法的問題に該当しますか
言いふらした状況や内容によって、法的な問題に該当する可能性があります。
まずプライバシー侵害については、前述の通り、退職代行の利用が常にプライバシー情報と認められるわけではありません。
しかし、業務上全く関係のない第三者にまで吹聴したり、侮辱的な言葉を交えて面白おかしく言いふらしたりするなど、その態様が悪質であれば、個人の人格権や平穏に生活する権利を侵害する不法行為と見なされる余地はあります。
また、言いふらし方によっては名誉毀損が成立する可能性も考えられます。名誉毀損は、公然と事実を摘示し、人の社会的評価を低下させる行為を指します。
例えば、「あいつは常識がなく、退職代行などという非常識な手段で会社を辞めた」といったニュアンスで言いふらした場合、「退職代行の利用=社会常識の欠如」という印象を与え、聞いた人がその人に対してネガティブな評価を抱く可能性があります。
このように、個人の社会的評価を低下させるものであれば、名誉毀損と見なされる可能性があります。
ー言いふらされた側は、どのような法的措置を取れますか?
SNSやインターネット掲示板などで言いふらされた場合は、サイト運営者に対して投稿の削除を請求することが考えられます。
次に、言いふらした本人に対しては、不法行為に基づき、精神的苦痛に対する慰謝料を含む損害賠償を請求することが可能です。
これらの措置を取るためには、「誰が、いつ、どこで、誰に、どのような内容を言いふらしたか」を証明するための証拠が非常に重要になります。録音データや、同席していた人の証言、SNSのスクリーンショットなどを確保しておくことが肝心です。
●北村真一(きたむら・しんいち)弁護士
大阪府茨木市出身の人気ゆるふわ弁護士。「きたべん」の愛称で親しまれており、恋愛問題からM&Aまで幅広く相談対応が可能。