近年、急増する外国人観光客と文化の違いや言葉の壁を超えて接する機会が生じている。その際、トラブルに発展する可能性をはらむような事態が起きた時でも、〝日本人ファースト〟を主張して対立するのではなく、同じ人として相手の気持ちを配慮し、穏便に事を収めることはできないだろうか。「大人研究」のパイオニアとして知られるコラムニストの石原壮一郎氏がその対策を提言した。
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【今回のピンチ】
新幹線の3人掛けシートの窓際席へ。通路側にガタイのいい外国人カップルが座り、ビールを飲んで盛り上がっている。トイレに行きたいが、大量の荷物に阻まれて……。
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夏の帰省で、ほぼ満席の新幹線に。自分の席は3人掛けシートの窓際で、通路側にはガタイのいい外国人カップルが座りました。大量の荷物で網棚も足元のスペースも、そして巨体を沈めている座席もギチギチです。
出発した途端、2人はテーブルを手前に倒して、ビールやおつまみを並べてプチ宴会を始めました。大きな声で騒ぐわけではないので、それはそれで微笑ましい光景です。何語を話しているのかはわかりません
走り始めてしばらく経った頃に、あろうことか激しい尿意が!目的の駅に着くまでには、まだ1時間以上あります。とても持ちこたえられそうにありません。トイレに行くには、通路側の2人にテーブルの上を片付けてもらったり足元の荷物を乗り越えたりなど、大変な騒動になってしまいます。
緊迫した状況が重なった大ピンチ。さて、どう立ち向かえばいいのか。
いくら焦っているからといって、そして、理屈から言うと通り道をふさいでいるカップルの側に非があるからといって、怖い顔をして、手を「シッシ」と振るような態度に出るのは最悪です。日本と日本人に、極めて残念な印象を抱かせてしまうでしょう。
しかも、相手が血の気の多いタイプだと、トラブルに発展するリスクが高まります。言い合いになったりしたら、ますますトイレにたどり着けません。そうならないにせよ、トイレから戻った後に気まずい雰囲気に包まれ、つらい思いをする羽目になります。
穏やかに声をかけて通してもらうとして、迷うのが「何語」で声をかけるか。カップルはどうやら英語圏ではなさそうですが、ここは通じる可能性が高そうな「エクスキューズミー」がいいのか……。
大切なのは、いかに緊迫した状況かを察してもらうこと。となると、やはり使い慣れた言語がベストです。困った顔で、それでいて歯を見せて笑顔っぽさを漂わせながら、
「ごめんなさい。ちょっと通してもらえますか」と日本語で絞り出すように発しましょう。控え目に手刀を切るもよし、何なら股間を抑えてモジモジするのも一興です。
無事にスッキリしたら、ホッとした表情を浮かべながら戻ってきて、2人に微笑みかけて「ありがとう、サンキュー、メルシー、ダンケ、カムサハムニダ、シェーシェー」などと、知っている限りの感謝の言葉を並べましょう。それ以外の言語圏から来ていたとしても、きっと気持ちは伝わります。
「なんでそこまで」と感じる人もいるかもしれません。全力を尽くすことによって、困った状況を逆手に取って満足感や達成感を覚えてしまうのが、大人の貪欲さです。さらに、やがて自国に帰ったカップルが、家族や友人に「ニッポンのシンカンセンでこんなことがあったんだぜ」と話すかもしれないと想像して、幸せな気持ちになってしまいましょう。