良かれと思って発信した企業公式SNSの投稿が、思わぬ形で炎上を招くことがある。担当者が慌てて謝罪・削除しても批判の嵐は収まらず、不買運動にまで発展しかねない。デジタル時代において、企業の広報担当者は常にこうしたリスクと隣り合わせだ。
一度炎上すれば、企業イメージの失墜や売上減少など、そのダメージは計り知れない。経営者や管理職であれば、「担当者は何をしてくれたんだ」「この損害の責任は誰が取るのか」と、怒りや戸惑いを覚えるのも無理はないだろう。
こうした「業務上のミス」に対して、企業は担当者個人にどこまで責任を問えるのだろうか。解雇や損害賠償は可能なのか。社会保険労務士法人こころ社労士事務所の香川昌彦さんに聞いた。
ー意図せず投稿が炎上した場合、担当者は処分されますか
担当者への処分を検討する上で、「SNS投稿に関する明確なガイドライン」の存在が重要です。多くの大企業では、政治的・宗教的な内容や、他者を揶揄するような表現を禁じるなど、投稿内容に関する詳細なガイドラインを設けています。もし担当者がこのガイドラインに明確に違反して投稿したのであれば、それは服務規律違反として処分の対象となり得るでしょう。
問題なのは、こうしたガイドラインが存在しないケースです。「とにかくSNSでいい感じに広報してくれ」といった曖昧な指示しか与えられていなかった場合、「何が良くて、何が悪いのか」という基準を会社が示していないため、担当者の責任を問うことは困難でしょう。むしろ、リスク管理体制を構築してこなかった会社側の責任が問われる場合もありえます。
ー「解雇」や「損害賠償請求」などの処分に至る場合もありますか
仮にガイドライン違反があったとしても、即座に解雇されることはないでしょう。会社の内部情報を意図的に漏洩させるなど、極めて悪質で、信頼関係を完全に破壊するようなケースであれば別ですが、SNSの投稿内容が不適切であったというだけでは解雇が法的に有効と判断される可能性は低いと考えます。
炎上によって会社が被った売上減少や対応費用などの損害を担当者個人に賠償させることも、現実的ではありません。意図的に会社へ損害を与えようとした、といった明白な悪意でもない限り、損害賠償請求が認められることはまずありません。
ー会社はどのように炎上リスクと向き合うべきでしょうか
通常の社外向け文書であれば、担当者が作成し、上長がチェックし、然るべき部署の承認を得てから公開されるのが一般的です。しかし、スピード感が重視されるSNSの世界では、担当者が何のチェックも経ずに直接発信できてしまうケースが少なくないでしょう。リスク管理の観点から見れば、極めて脆弱な状態です。
企業が社会に対して公式に発信する以上、SNS投稿もまた重要な「社外文書」です。したがって、「SNS投稿ガイドラインの策定」と「投稿前のチェック体制の構築」は整備する必要があります。
SNS炎上は担当者個人の問題ではなく、組織全体で取り組むべき経営課題です。個人の責任追及で終わらせず、組織のリスク管理体制を見直す教訓としましょう。
◆香川昌彦(かがわ・まさひこ)社会保険労務士/こころ社労士事務所代表
大阪府茨木市から労使の共存共栄を目指す職場づくりを支援。人材育成・定着のための就業規則整備や評価制度構築、障害者雇用、同一労働同一賃金への対応といった実務支援は、常に現場の視点に立つ。ネットニュース監修や講演にて情報発信を行う一方で、SNSでは「#ラーメン社労士」としても活動し、親しみやすい人柄で信頼を得ている。