気品のある演技で戦後の日本映画界に足跡を残した女優の久我美子さんが6月9日に誤嚥性肺炎のため93歳で死去した。所属事務所の発表を経て14日に報じられたが、その3日前、俳優の竹中直人(68)が都内で開催されたイベントで、映画監督として久我さんを演出した現場の思い出を明かしていた。(文中一部敬称略)
竹中は11日夜に都内のトークライブハウス・新宿ロフトプラスワンで、伝説のテレビドラマを描いた書籍『永遠なる「傷だらけの天使」』(集英社新書)の刊行記念イベントにゲスト出演。著者の山本俊輔、佐藤洋笑の両氏と共に、主役の萩原健一さん(2019年死去、享年68)をはじめとする出演者や、同作とは別に自身の原点である加山雄三についても熱く語った。話は多岐にわたり、ブルース・リー、丹波哲郎、田中邦衛、原田芳雄、松田優作ら今は亡き名優たちのモノマネも披露。その一方で、初監督作「無能の人」(1991年公開)と久我さんについて言及した。
「僕は小津安二郎監督が大好きですから、常連俳優だった久我美子さんと須賀不二男さん(98年死去、享年78)に出演していただいた。撮影初日に来ていただいたんですが、『小津監督が演出した俳優さん』が自分の目の前にいて、35ミリカメラの横にいるということが、もう、うれしくて、うれしくて…。僕は『本番、ヨーイ、スタート』と言うわけですけど、うれし過ぎて、いろんなアングルで撮ってしまい、予定が押してしまったんです。助監督には『そんな撮り方してたら、終わんないだよ!』って怒られて、『すみません』と(笑)」
ちなみに両俳優が出演した小津監督作は、久我さんが「彼岸花」(58年)と「お早よう」(59年)の2作。テレビ時代劇の悪役などでも知られた須賀さんは「早春」(56年)、「東京暮色」(57年)、「彼岸花」、「お早よう」、「秋日和」(60年)、「秋刀魚の味」(62)の6作。漫画家・つげ義春の原作を映画化した「無能の人」で、2人は「散歩する紳士と婦人」という顔見せ的な役だったが、初陣に意気込む竹中は凝りに凝ってカメラを回し、現場経験の長い助監督から大目玉を食らったというわけだ。
竹中はこの監督デビュー作でヴェネツィア国際映画祭国際批評家連盟賞に輝き、俳優としても第34回ブルーリボン賞主演男優賞を受賞。久我さんは「119」(94年)、「東京日和」(97年)と、竹中監督作に計3本出演した。イベント当日、久我さんは既にこの世を去っていたが、語り部である竹中を媒介として、会場に詰めかけた映画ファンの記憶の中によみがえった。
訃報を受け、竹中は所属事務所を通じて、初監督作の撮影初日に35ミリカメラ横にたたずむ久我さんの姿に「鳥肌が立ち、何度もフィルムカメラを回してしまった事を覚えています」とイベントでも披露した思い出をコメント。「久我さんならではの柔らかな声、あの仕草は深く深くぼくの心に残っています…。久我美子さん、久我さん…本当にありがとうございました」と永遠の別れを惜しんだ。