闘病中の坂本龍一さんが示した覚悟「忘れ去られても構わない」 若い世代に伝えた「僕が死んだ後のこと」

北村 泰介 北村 泰介
2017年に公開された自身のドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:CODA」公開で舞台あいさつした坂本龍一さん=都内
2017年に公開された自身のドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:CODA」公開で舞台あいさつした坂本龍一さん=都内

 音楽家の坂本龍一さん(享年71)が3月28日に死去していたことが2日に所属事務所から発表された。がんと闘いながら音楽活動を続けてきた坂本さん。5年半前、都内で開催されたトークイベントで「僕が死んだ後のこと」について思いを吐露していた。

 坂本さんは2014年7月に中咽頭がんを公表して活動を休止したが、15年に復帰。17年11月に自身のドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:CODA」(スティーブン・ノムラ・シブル監督)が日本公開されたタイミングと共に、同年秋の第30回東京国際映画祭でのSAMURAI賞授賞を記念して開催されたイベントを取材した。

 音楽を学んでいるという女子学生から「後世に何を残したいか」という質問が飛んだ時、坂本さんは独特のクシャッとなる人なつっこい笑みを浮かべた。「要するに、僕が死んだ後のことね」。そう切り出すと、若い世代に向けて自身の心情を吐露した。

 「音楽や本など、亡くなった人たちの遺産を滋養にして僕たちは育ってきたわけだけど、死んだ後にどう思われるか、自分では決められない。僕はただ、とても親しかった(現代音楽の巨匠)武満徹さんの音楽を100年後の人は聴くのかなとか、ビートルズは100年後の人も聴いているだろうなとか、そんなことは考えますけど、自分が100年後に聴かれたいとは別に思わない。忘れ去られても全然構わない」

 実際に訃報を耳にした今、改めて、この言葉がリアルな響きとなって記憶の底から浮かび上がってきた。「死」を現実として意識していたこと。同時に、自身の肉体が消えた後の世界も考えていたこと。また、ポップスターとなったYMO時代から自身が偶像化されることへの違和感を公言し、世界的な音楽家として開花した後も、権威付けされることに(精神の部分で)あらがってきた姿勢を感じた。

 「忘れ去られても全然構わない」発言の理由として、坂本さんは「目先のことを近視眼的にやっていることが多いので」と付け加えた。後世に作品を残すという野心(邪念)ではなく、「目先のこと(仕事のオファー)」に対して職人に徹するという観点から、坂本さんは表現者としての活動の大きな転機となった大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」にも言及した。

 「映画は監督のもの。僕は一兵卒」と語った坂本さん。同作では俳優としてデビッド・ボウイさんやビートたけしと共演し、初めて映画音楽を手掛けたわけだが、後年、大島監督から「たけしは映画を撮っているのに、なぜ撮らないのか?お前は卑怯(ひきょう)者だ!」と期待の裏返しから激励も兼ねて〝罵倒〟されたというエピソードを披露。場内の笑いを誘いながら、「僕にはビジュアルの才能がない。才能がない人は(映画)監督をやっちゃいけないんです」と言い切った。

 ドキュメンタリー映画では、がんと共に生きる日常も描かれた。フルーツと茶だけの食事では、一口大のバナナを一口でも食べられず、その半分を口に入れて咀嚼(そしゃく)する。そんな日々をカメラが捉えていた。

 歯磨きは、時間をかけて念入りに磨く。がん治療による歯やあご骨への影響を明かし、歯を磨く際には歯ブラシを縦にして磨いていた。YMO時代に自ら歌った「パースペクティブ」(83年)の英語詞、「エブリデイ・アイ・ブラッシュ・マイ・ティース(毎日、僕は歯を磨く)」のフレーズが記者の脳裏で映像と重なった。健康時には当たり前だった日々の行為が、いかにありがたいものかが伝わった。

 病を克服することはできなかった。21年1月に直腸がんを公表。音楽活動は続け、昨年12月にピアノ・ソロコンサートの映像を世界配信し、今年1月には約6年ぶりとなるオリジナルアルバム「12」をリリースしたが、力尽きた。

 レオナルド・ディカプリオ主演の映画「レヴェナント:蘇えりし者」(15年)での坂本さんの音楽には極寒地の風や氷が溶けてきしむ自然音が混在している。坂本さんは先述のイベントで「いい映画に音楽は必要ない。自分の職業を否定するみたいですけど、そう思います」と自然回帰の心境を明かした。生前最後の作品となった「12」は「日記を書くようにスケッチを録音していった」という。余分なもの(煩悩)をそぎ落とし、死と向き合う日常の中でたどり着いた音楽の境地があった。

 逝去が発表された際には「芸術は長く、人生は短し」という言葉が添えられた。人は死ぬが、作品は長く残るという意味だ。坂本さんの「忘れ去られても構わない」という当時の覚悟を伴った発言とは裏腹に、自身の作品に思いを託して旅立った。「100年後」のことは誰にも分からないが、全身音楽家の作品がそう簡単に忘れられることはない。

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