ラブコメヒロインの思想哲学的考察「女神のカフェテラス」鶴河秋水 ドッキリ行為に込められた意義

マザー・テラサワ マザー・テラサワ

 ラブコメのヒロインを思想哲学的に考察する。「週刊少年マガジン」(講談社)連載中の『女神のカフェテラス』(作・瀬尾公治)のテレビアニメが4月にスタートすることを記念して、早大大学院で政治哲学を専攻し、哲学をモチーフとしたネタを展開する〝哲学芸人〟マザー・テラサワが登場。祖母の遺産である喫茶店ファミリアを継いだ主人公・粕壁隼と、5人の女の子による共同生活とその経営模様を描く同作において、ヒロインの幕澤桜花、鶴河秋水、月島流星、小野白菊、鳳凰寺紅葉から、第3回は秋水をチョイス。法哲学・政治哲学の分野で多大な影響を与えたドイツの憲法学者カール・シュミット(1888-1985)の提唱する政治理論との関連性が明らかとなった。

 ◆物理的攻撃力と勇気の持ち主

 お笑いライブでは他の芸人を思想的に問い詰める芸風の私も、いざ物理的暴力を目の当たりにすると小動物のように怯えます。高校時代、花園に出場したラグビー部員と体育の授業で柔道の乱取りを行いました。彼の道着を掴んだ刹那、天地がひっくり返り気付くと空を仰いでいました。この経験はトラウマとなり、その後の私の潜在意識を縛りつけます。ライブの打ち上げで隣の卓の酔客同士が喧嘩に発展した際、身を挺して仲裁に入っていた芸人仲間をしり目に、私は喧嘩を止める振りをしながら他の芸人の背後に隠れたため、傍観者でいたと非難を受けました。無意識から身体が動かなかったのでしょう。せめてお笑いの世界だけでも虚勢を張っていたいという意識が、ふてぶてしく存在する哲学芸人というキャラを続ける原動力となっているのかもしれません。

 今回紹介する鶴河秋水はそんな私とは対照的で、物理的攻撃能力に優れ、相手が如何なる敵でも物応じせず立ち向かう勇気を持ったヒロインです。またカフェ・ファミリアのメンバーの中では最年少で精神性も未熟、そして恋愛的感性も未発達のように思われます。その証拠に、小学生男子のように戦隊ヒーローへの憧れを抱いたり、脈絡なくエキセントリックなお面を被りファミリアのメンバーを困惑に陥れたりします。

 そんな秋水を何より象徴する言葉が「おっぱい揉んどく?」です(第6話「開店前夜」他参照)。作品の節々で粕壁隼に胸を揉むよう躊躇なく促すその様からは、秋水が女性の胸のセクシャルな意味合いをさほど理解していないことが分かります。

 また、他のヒロインが隼への恋慕の気持ちを見せる中、秋水は隼の存在を家族であり仲間であるという認識に留めています。その点において鶴河秋水は特異なヒロインだと言えるでしょう。もっとも、隼に胸を揉ませた後に説明のつかない違和感を覚える等、秋水が「女性」としての自分に少しずつ気付く描写も見られるので、読者の皆様は今後の彼女の精神性や隼への気持ちの変化にも期待するところでしょう。

 ここまでの記述だと、秋水はただ未熟で攻撃力に勝る単純なキャラクターです。事あるごとに空手仕込みの必殺技を繰り出していますが、彼女が無軌道に暴力を振るっているかと言われると、そんな訳でもありません。むしろ鶴河秋水は一本筋の通った思想に基づき、攻撃を繰り出しているように私には思われるのです。

 ドイツの憲法学者カール・シュミットは『政治的なものの概念』という著作の中で、「友-敵理論」を提唱しています。これは言葉通り、政治は「友(味方)」と「敵」とが明確に分かれるし、何より「友」と「敵」が明確に分かれていなければ政治的状況とは言えないとみなす理論です。「そんなこと分かりきっているよ」という声も聞こえそうですが、事はそう単純ではありません。幕澤桜花について考察した前回、紹介した哲学者ユルゲン・ハーバーマスは、異なる価値観を抱いた個人や集団間での対話によって、どう秩序を構築出来るのかが政治の役割であると主張します。

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